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2020/08/16

㉑参考資料の感想 (映画編)Auschwitz-Birkenau編14~その3


”㉑参考資料の感想 (映画編)Auschwitz-Birkenau編14~その1”
㉑参考資料の感想 (映画編)Auschwitz-Birkenau編14~その2の続き

『さよなら、アドルフ』(2012年/オーストラリア・ドイツ・イギリス)★

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敗戦直後、それまでの常識も生活も一変し、ナチス高官の両親が出頭し、混乱と無秩序の中、幼い妹弟や乳飲み子を連れて子供たちだけで900km離れた祖母の家を目指す話。説明や台詞は少ない分、カメラの撮り方、目線や仕草や表情が、心の揺れや激しさを表現していて、胸が苦しくなる。ドキュメンタリー編で書いた『ヒトラーチルドレン/Hitler's Children』のデジャブを覚える。総統の死とともに、6人の幼い我が子を全員道連れで心中したゲッペルス夫婦を思い出してしまった。原作はレイチェル・シーファーの小説『暗闇のなかで』の中の『Lore』。

『ヒトラーの忘れもの』(2015年/デンマーク・ドイツ)★★★

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終戦直後、5年間のナチスの占領から解放されたデンマークで、ナチスが戦時中に海岸線に埋めた無数の地雷の撤去を捕虜となったドイツ軍にあたらせることになった。2000人を超えるドイツ軍捕虜が150万を上回る地雷を撤去し、約半数近くが死亡または重傷を負った、その多くが地雷の扱いも知らない、あどけなさを残す少年兵だったという実話が元になっている。占領国共通のナチスへの怒りや憎しみはどこまでも深く、それを受け止めるには彼らは幼すぎる。とてもいい映画。そして、どこまでも続く白い砂浜の海岸線が悲しいまでに美しい。

『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』(2016年/チェコ・イギリス・フランス)★

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ナチス占領下のチェコスロバキアのレジスタンスとロンドンにいる亡命政府によるナチス高官ラインハルト・ハイドリヒの暗殺計画(エンスラポイド作戦)の実話。
観る気が失せるくらいの酷いタイトルだが、中身は、かなり硬派な映画。

『ディファイアンス』(2008年/アメリカ)★

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ナチス侵攻によるユダヤ人虐殺から逃れるため、ポーランド・ソ連国境地帯の西ベラルーシ(当時ポーランド)の森の中に入り、兄弟や仲間と共にパルチザンを作り、また多くの非戦闘員の老人や女子供を助け匿い、最大1200人のユダヤ同胞を率いたビエルスキ兄弟の実話を元に映画化。ソ連赤軍のパルチザンが、思っていた通りのロシア的な感じで良かった。Defianceとは「果敢な抵抗」の意味。

『愛を読むひと』(2008年/アメリカ・ドイツ)★★

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『朗読者』が原作(原作の感想はコチラ)。邦題のタイトルが気に入らないが、原作を読んでから見たので、余計に良かった。ケイト・ウィンスレッドの肉感と表情の演技が、なんとも素晴らしい。また、原作は主人公の視点で書かれているが、映画の方は原作にはないハンナ側の描写もある。最後のニューヨークでのシーンは、映画の方が断然良かった。会話がかなり違っているので、受ける印象も全く変わってくる。原作に沿う感じで足された台詞の中に、
人は“収容所で何を学んだか“と尋ねてきます。
収容所はセラピー?
それとも、一種の大学?
…学ぶことは何もない。それだけはハッキリ言える。
(劇中の会話より一部抜粋)
これは、プリーモ・レーヴィを受けているのかとも思った。『これが人間か』のあとがき『若い読者に答える』の中から引用。
“若くしてラーフェンスブリュックの女性収容所に入れられた私の友人は、収容所は私にとって大学でした、と語っている。私も同じことを言えると思う。つまりあの出来事を生き抜き、後に考え、書くことで、私は人間と世界について多くのことを学んだのだ。
しかしこうした前向きの結果はわずかな人にしか訪れなかったことを、すぐに付け加えておこう。”
(『これが人間か』あとがきより)

『杉原千畝』(2015年/日本)★

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過酷な戦争映画を観すぎたせいで、欧米のものに比べて、時代背景や切迫感が全く伝わらない映像だったが、杉原千畝の人物紹介的な意味ではわかりやすかったのかなとも思う…。個人的には、須賀しのぶ著『また、桜の国で』(感想は後日)を読んでからだと、ちょっと良いと思う。
“人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そしてむくいを求めぬよう”
(劇中に出てくる、哈爾浜学院のモットーである自治三訣。『また、桜の国で』にも何度か出てくる言葉)

『コレクター 暴かれたナチスの真実』(2016年/オランダ)★

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オランダで実際にあった、富豪の美術コレクターのナチスの戦争犯罪(ポーランドでの虐殺)裁判の映画。戦後、共産圏に分かれてしまったが故の国際事件としての証拠や司法の難しさや、権力や財力による圧力、根深い反ユダヤ主義など、地味な映画だったが、面白かった。


『マイ・リトル・ガーデン 』(1997年/イギリス)★

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国際アンデルセン賞受賞作家ウリ・オルレブの半自伝的小説『壁のむこうの街』を映画化。ナチス占領下のポーランドで数ヵ月間、たったひとりでナチスの目を逃れ、収容所へ連行後の廃墟のゲットーの中で奇跡的に生き残った11歳のユダヤ人少年の話。同じ様な状況下ではあるが、『戦場のピアニスト』とは異なり、圧倒的な絶望感がそれほどなくて良かった…

『Band Of Brothers(Ep1~10) 』 (2001年/アメリカ)★★★(+★★★)

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これについては以前(落下傘部隊)にも書いたのだが、ポーランド関係ではないが、第二次世界大戦におけるアメリカ陸軍第101空挺師団第506歩兵連隊第2大隊E中隊の訓練から対ナチスドイツ戦勝利・終戦までを描いたドキュメンタリードラマのシリーズもの。
連合軍最大の作戦、ノルマンディー上陸作戦(D-DAY)が皮切りになるのだが、この作戦に関するドキュメンタリーをいくつか観ていると、全体の作戦計画や進行過程、様子がわかる。それにしても良く成功したな…と思うくらいに過酷で無謀な作戦であり、また果てしない犠牲のもとの勝利であった。
戦争モノに“良い作品”は、もしかしたら作るべきではないのかもしれない。戦争には何もなく、ただ傷と罪と痛みを残すだけなのだから。
それでも、大切なモノを守るためにすべてを掛けて戦争に参加した人たちがいて、それで守られた人たちも沢山いる。正義を信じて戦った人たちの存在を蔑ろにし、彼らの犠牲や想いまでを否定することなど絶対に出来ない。そう考えたときに、やはりこういう“良い”と言える作品も必要なんだと思う。
色んな意味で非常にアメリカ的作りではあるが、今のところ戦争映画の中では群を抜いて好きで、何度も見てしまう。

『Generation War(Ep1~3)』(2013年/ドイツ)★★★

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原題(ドイツ語)は“Unsere Mütter, unsere Väter” (“Our Mothers, our Fathers”)
バンド・オブ・ブラザーズが、アメリカ軍(連合軍)側の視点なのに比べ、こちらはドイツ側から見た第二次世界大戦になる。
幼なじみで仲良しの5人組。ドイツ国防軍少尉のヴィルヘルム、その弟の文学好きで新兵のヴィンター、家業のテーラーを継ぐユダヤ人青年ヴィクトル、その恋人でスターになる夢を持つカフェの給仕グレタ、その親友で新米看護師として野戦病院へ志願したチャーリー。そしてヴィルヘルムとチャーリーはお互いに想いあっている関係。
ドイツの若者の視点で描かれていて、ドイツ軍が苦戦しはじめる1941年、大敗するきっかけになる対ソ連への進軍と最も過酷な東部戦線が舞台となる。
小説『また、桜の国で』にも、ポーランドのレジスタンス(Armia Krajowa アルミア・クラヨーヴァ、略称: AK)の戦争孤児達が中心のイエジキ部隊が描かれていたが、AKは地下組織として沢山の分派がおり、その中には当然ユダヤ人を嫌っているポーランド人たちが沢山いた。その闇の部分も描いているし、悪名高きアインザッツグルッペ(移動虐殺部隊)や恐怖のウクライナ義勇兵部隊(補助警察、ディルレヴァンガー部隊など)、戦争末期の少年兵、赤軍の虐殺強姦など、これでもかというくらい過酷な戦争を描いてくれている。
本当にドイツ的な反戦を込めた戦争映画なので、辛いし落とされるが…これこそが戦争なんだよな…と思う。ホロコーストの描写が触りだけで、見ている側としてはこれ以上辛くなりたくないので、むしろよかった。
こちらもとても良い作品。
「数えているか?…殺した人数だ。」
「……いいや。」
「12人だ。…12人殺して……誰も救っていない……英雄のつもりが、今やクソ野郎だ。」
(劇中の会話より一部抜粋)

2020/07/01

㉑参考資料の感想(書籍編)Auschwitz-Birkenau編14 〜その1

『これが人間かーアウシュヴィッツは終わらない』 プリーモ・レーヴィ著

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24歳の時、スイス国境近くのイタリアで捕まり、今はなきアウシュヴィッツの労働収容所にあたる巨大な化学工場を有した第三収容所モノヴィッツ(Monowitz)に送られたユダヤ系イタリア人のプリーモ・レーヴィの体験記。
淡々と書かれた醜さ悲惨さでうめつくされた地獄は、『神曲』や詩の引用により押し込められた感情を代弁しているようだった。また、章ごとの断片的な時系列や書き方も混乱と切迫感が伝わってくる。
“持つものには与え、持たないものからは奪え”(本文より)
おごった考え方だと承知で言うが、人が人足らしめるものの一つが良心と名付けている社会秩序に植えつけられた感情なんだと思う。人も獣も植物もひとまとめにするならば、上記の言葉は自然界の掟そのものである。原始的な生存競争の法則に支配されている収容所では、まさに。
性が剥き出しの中での、レーヴィの人間への観察眼は、非常に興味深い。
最終章の「十日間の物語」は、狂気の秩序がなくなり、空白による混沌の中での話で、とても知りたかった部分だった。
彼らの状況を表現するには筆舌に尽くし難く、いかなる陰惨な形容詞を使ったとしても、言葉足らずになるのだろうと思う。仏新聞社ル・モンドの『20世紀の100冊』(1999)などにも選ばれている。

『休戦』 プリーモ・レーヴィ著

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“その時が来たのだと分かったのだった。私たちは森で火をたいた。誰も眠らなかった。その夜は歌い踊って過ごした。そしてお互いに過去の冒険を語り、失った仲間を思い出した。なぜなら人間には、かげりのない喜びを享受することなど許されていないからだ。”(本文より。転々と一時収容所へ移動していき、ベラルーシ(当時のソ連)の収容所から、最終的にイタリアへの帰還が決まった時。)
開放から帰郷へ(1945年1月27日-10月19日)。アウシュヴィッツの解放者がソ連軍だったこともあり、イタリアとは逆方向のソ連領へと一時的に移動することになり、そこからイタリアのトリーノへの帰還を果たす。その道のりはとても長く、また人間性や心などを取り戻すための行程でもあり、これほどまでに帰郷の意味が重いことがあるのだろうかと思った。
全体の分量から考えても、最後の数章でサラッと書かれているが内側へと重く深くなる最後の列車でのベラルーシからトリーノへの長い行程の中、唯一ドイツを通過することになったミュンヘン(オーストリアからミュンヘン経由でイタリアへ入る)での記述を長めの引用。
“私たち汽車は駅に座礁したように止まっていたが、そのまわりはがれきだらけだった。そうしたがれきだらけのミュンヘンをうろつき回ると、支払い不能の債務者の群れの中を歩いているような気分になった。おのおのが私たちに何かを追っていたが、それを払うのを拒否しているのだ。私は今彼らの中にいた、「支配者の民族」の中に、アグラマンテの野営地の中に。だが男たちは少なく、多くは不具で、私たちと同じようにぼろをまとっていた。彼らの一人一人が私たちに問いかけ、何ものか顔で読み取り、謙虚に私たちの話に耳を傾けるべきだ、と私には思えた。だが誰も私たちの目を見ようとしなかった。誰も対決しようとしなかった。彼らは目を閉じ、耳をふさぎ、口をつぐんでいた。彼らは廃墟の中にこもっていたが、それはあたかも責任回避の要塞に意図的に閉じこもっているかのようだった。彼らはまだ強く、憎悪や侮蔑をまた表に出すことができ、高慢と過ちの古い結び目にいまだにとらわれていた。
私は彼らの中に、その封印された顔を持つ無名の群集の中に、別の顔を、よく覚えていて、多くが特定の名を持っている顔を探しているのに気づいて、我ながら驚いた。それは知らないことはあり得ず、忘却は許されず、答えないことはできないものたちだった。命令し、従ったものたち、辱め、堕落させ、殺したものたちだった。それはむなしく愚かな企てだった。なぜなら彼らではなく、別のものたちが、少数の正義にかなったものたちが、その代わりに答えるはずだったからだ。”(本文より)
『これが人間か』でも感じたが、人間観察の巧みさは素晴らしい。大収容所で生と死の境にいた人たち、傷を抱えた人たち、介抱する者たち、解放者でもあるソ連軍人、同胞イタリア人、ギリシア人、フランス人、ポーランド人、アメリカ軍人、そしてドイツ人など…お国柄のような性質として捉えた描写もあるが、深く関わっていき個人の性質として書いている部分もある。
最初の行程を共にしたギリシア人のモルド・ナフムについての章での彼の人生観や労働に対する考え方に唸り、収容所での顔見知りで途中で再会し最後の方まで一緒だった同郷イタリア人のチェーザレの生き方に感心する。
その中で、1人だけ、ここで詳しく引用しておく。
本書序盤、アウシュヴィッツが解放され、収容所はそのまま収容者の一時的な療養施設と変わった。
レーヴィの療養部屋中で一番小さく、無力で、最も無垢な存在だが、注意を逸らすことができぬほどに自らの存在を主張し続けた魂の塊・フルビネクについて、
外見は3歳くらい、下半身麻痺で足が萎縮し、小枝のように細い体、口は聞けず、名もなかったアウシュヴィッツの子供、フルビネク(レーヴィたちが付けた通称)。痩せて尖った顎の顔の中で物言えぬ口を代弁するように圧倒的な力をたたえた瞳は欲求と力と苦痛に満ちていたという。
“フルビネクは3歳で、おそらくアウシュヴィッツで生まれ、木を見たことがなかった。彼は息を引き取るまで、人間の世界への入場を果たそうと、大人のように戦った。彼は野蛮な力によってそこから放逐されていたのだ。フルビネクには名前がなかったが、その細い腕にはやはりアウシュヴィッツの刺青が刻印されていた。フルビネクは1945年3月下旬に死んだ。彼は解放されたが、救済はされなかった。彼に関しては何も残っていない。彼の存在を証明するのは私のこの文章だけである。”(本文より)

『朗読者』 ベルンハルト・シュリンク著

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映画化されたが、読後に観た。この順番でとても良かった。(『愛を読むひと』の感想は、映画編に書きます。)
主人公の心の機微の表現がとても丁寧で、共感性も高く溶け込んでくる。
愛するとは、罪とは、真実とは、許すとは…
“「…あなただったら何をしましたか?」”(本文より)
考えれば考えるほどわからなかった
私ならどうしたか
それを考え続けたとして、愚かで弱く小さな私は、答えを出せず動けないだろうと思う。そんな人間が、他人を糾弾し罰することなどできるはずもない、いや、そもそもしてはならない。
彼女の頑なさや言動の理不尽さの理由を知った時に、なんとも言えない気持ちになる。 

『アンネの日記(完全版)』 アンネ・フランク著

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読む前までは、戦時中の隠れ家でのユダヤ人少女の暗く悲しい日記という勝手な思い込みがあった。
だが、(不自由な生活を送ってはいるけれど)普通の思春期の女の子の日記だった。
プライベートな日記を盗み読む背徳感すらある。むしろ男性は読みにくいのではないか…これは同世代の少女たちが読むべきだと思う。
私は彼女の晩年を知り、そして、その生きていた場所を実際に見てきた。
アンネの日記を読みながら、頭の中で何度も再生される収容所での様子が頭をチラついてしまう。12〜14歳の彼女が喧嘩し、怯え、恋し、ユーモアを交えて笑い、夢を語り、クルクル動く感情のその全ての文章の隙間に、対極にある収容所での姿が常に重なり、本の中の彼女が生気に満ちていればいるほど、その落差に胸が苦しくなった。原文ではないから、果たしてどれほど翻訳の妙が冴え渡っているかわからないけれど、10代の感性が飛び跳ねていた。
アンネフランクをよく早熟な少女と表現することがある、例えば、異性や性に対してもあけすけなく興味を持っていたし、人間観察も自己分析もよくしていた。
近年、アンネの日記の、いわゆる”袋とじ”部分の解析ができて、性的なジョークが書かれていたと発表された。でも、そう言うことは、10代の女の子なら誰でも興味が出る年頃だと思う。
むしろ早熟なのは言葉選びや表現の方だ。言い回しの妙は、才あってのものだと思う。あの多感な時期に想いや感情は目まぐるしく動くが、それを順序立てて文章にするのなかなか出来ることではない。

『アンネフランクの記憶』 小川洋子著

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“……we were no heroes, we only did our human duty, helping people who need help.“
(by ミープ・ヒース。フランク一家の最大の協力者であり家族のような友人であったミープさんの言葉を本文から)
小川洋子さんの”ものを書くこと”の原点となっている、少女時代に読んだ『アンネの日記』。そのアンネの足跡を辿り、ドイツ、オランダ、ポーランドへ、ご存命のアンネの知人たちに会い、そして、小川さんがアンネに会いに行く本。

『コルベ神父―優しさと強さと』 早乙女 勝元著

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キリスト教関連の出版社以外での、コルベ神父についての本を読みたかったので。

『アウシュヴィッツ博物館案内』中谷剛著

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アウシュヴィッツのガイドをしてくださった、アウシュヴィッツ博物館の日本人唯一の公式ガイドをされている中谷剛さんの本。

『服従の心理』 スタンレー・ミルグラム著

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権威による命令で、人は殺人ができるのか?という、心理学実験でとても有名な、通称“アイヒマン実験”について。


㉑参考資料の感想 (映画編)Auschwitz-Birkenau編14~その2

『フォース ダウン』(2008年/オランダ)★★★

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オランダの児童文学”戦争の冬”を映画化。大戦末期、ナチス占領下のオランダに住む少年の一冬の出来事。雪の景色も綺麗で、ストーリーも面白く、とても良い映画だった。日本の宣伝文句と写真がひどすぎて、本当に勿体ない映画。

地下水道』(1956年/ポーランド)★★

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ワルシャワ蜂起での、劣勢のパルチザンによる対ドイツゲリラ戦を描いている。
もう…凄まじい…その一言に尽きる。
パルチザンや反政府ゲリラなど、レジスタンスの末路が常に悲惨であるとわかっていても、出口のない暗闇に、わずかな光を求めて足を踏み入れて、光を見失い恐怖し発狂しながらも、戻ることもできずに泥沼を進むしかない、それこそ舞台となる地下水道のよう。
それでもレジスタンスを選ばざるを得ない状況(戦争)が、かぎりなく悲しい。近年のシリアしかり…
下のも同映画のポスター、まさにこんな感じ…それにしてもかっこいいデザイン。
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『カティンの森』(2007年/ポーランド)★★

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歴史の闇に長い間隠蔽され続けた第二次世界大戦下に実際に起きたカティンの森事件を映画化。
監督のアンジェイ・ワイダ(“地下水道”と同じ監督)の父親もこの事件で亡くなったそう…
やはりこれも坦々と惨さが描かれている。列強に囲まれているポーランド史の悲惨さは、筆舌に尽くしがたいが、特に第二次世界大戦勃発からポーランド共和国になるまでが悲惨である。
無惨な映像はたくさんあったのだが、
クリスマスイヴの夜、捕虜収容所内で、捕虜となり希望を失いかけていく将兵たちに大将が演説する場面はとても心に残っている。
薄暗く狭い収容所の中で、たくさんの部下に囲まれ真ん中で演説する、それをゆっくりと俯瞰しながら撮影し、またゆっくりとカメラは降りていく美しい映像なのだが、その中で
“…もう一言。徴兵されて運命を共にしたものに言いたい。君たちの大半だ。学者、教師、技師、弁護士そして画家。生き延びてくれ。君たちなしで自由な祖国はありえない。我々は欧州地図上にポーランドを取り戻す。君たちはそのポーランドを再建する。…(劇中より演説を一部抜粋)”
そして、生き延び家族との再会を誓い、皆で祖国の唄を歌う。

『善き人』(2008年/イギリス・ドイツ)★ 

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ユダヤ人の親友を持つドイツ人の文学部の大学教員が、ナチス政権や時代に流されていく姿。
ごく普通の”善良なる市民”が、主義主張もなくただ時代に流されていく滑稽さや警鐘を描いていたのかな。

『囚われのサーカス』(2008年/ドイツ・イスラエル)★

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イスラエル作家の小説原作。イスラエルの砂漠の中にある、心も体も壊れてしまったホロコーストサバイバーたちのサナトリウムでの話。戦争が終わって、瓦礫と生き残った人がいて、壊れたものを少しずつ(建て)直していけば、数年経てば元に戻るのだというのは、幻想でしかないのだろう。『ソフィーの選択』しかり『プリーモ・レーヴィ 』しかり、戦争の中に取り残された人たちは、いつ終戦を迎えられるのだろうか…。

『肯定と否定』(2016年/イギリス・アメリカ)★★ 

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⓮歴史修正主義(余談) Auschwitz-Birkenau編7の中で取り上げた映画。
私は戦後生まれで、知れば知るほど信じがたくなることばかりだが、それでもホロコーストやガス室の存在を頑なに信じている。一方、ホロコーストやガス室は無かったと信じている人がいる。こんな明らかなことでさえ揺らぎかねないのなら、では、真実とは一体何であり、また、何を信じれば良いのかと、茫然とする。

『アイヒマンを追え!』(2015年/ドイツ)★

『検事フリッツ・バウアー』(2016年/ドイツ)

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フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判に尽力した西ドイツのユダヤ人検事(戦中は亡命)のドラマ。敗戦したら、全員が改心して、信奉していた思想がすぐに180度変わる訳がない。それに、ナチ狂信者や、戦犯を逃れた者が、年齢的に戦後の社会や政治の中に入ってくるの至極当然のことで、そうなると特にドイツは社会や組織の中枢にすら反ナチの仮面をして潜んでいる可能性が高い。戦後で平和のはずが、迫害されていた人たちは、どれほど恐ろしかっただろう…そして、東西問題(シュタージなど)も同時進行していたし…。
ドイツ文学『朗読者(愛を読むひと)』の作中の裁判もこの頃である。

『ヒトラー 最期の12日間』(2004年/ドイツ・イタリア)★

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ブルーノ・ガンツの迫真の総統が話題になった映画。今もコラ動画(コラージュ動画)でよく使われていたりする。ヒトラーについてドキュメンタリーをいくつか見ていたので史実に基づくのだが、ヒステリーを起こしたヒトラーがどうもコミカルに見えてしまう。怪物やプロパガンダとしてのヒトラーではなく、人としてのヒトラーを描いている。最期の12日間だけなので、カリスマ性や狂信的魅力は全く伝わらず、映画しか知らないと、盲信者の滑稽さと違和感が異様。

『ヒトラーへの285枚の葉書』(2016年/ドイツ・イギリス・フランス)★

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実話を元にしたドイツの有名な小説原作。役者がとても良い。静かに淡々と悲しみと不条理と戦慄が灰色の空気の中で過ぎていく。監視された狂信的体制の中での、普通の人の静かなささやかなだが勇気ある抵抗。一粒の砂という表現がよい。

『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015年/ドイツ)★

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1939年11月、ミュンヘン一揆記念演説での時限爆弾によるヒトラー暗殺未遂事件の犯人ゲオルク・エルザーの話。英雄視されるワルキューレ作戦(『ワルキューレ』の感想)の首謀者クラウス・フォン・シュタウフェンベルクとは全く違い、花も名誉もない片田舎に住む36歳の平凡な家具職人のゲオルク。そして、戦後もその意思や行動を英雄視されることもなく、時代に埋没していた男の話。変わりゆく社会風潮、悪くなる世界情勢、きな臭い空気、盲信者の出現…自分の周囲の出来事についていけず、慄き、それをなんとか止めるために自分がすべきこととは…取り憑かれたように計画を立て単独で実行した彼は、自由を愛し、ごく当たり前の生活を望む平凡な一市民であった。

『シャトーブリアンからの手紙』(2011年年/ドイツ・フランス)

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ナチス占領下のフランス・ナントでレジスタンスによりナチス将校が1人暗殺され、その犯人のあぶり出しと見せしめの報復のため、市民や政治犯収容所で大量に処刑された、その中には少年たちもいたという実話(『パリ日記』)を元に映画化。ドイツ軍人で作家思想家のエルンスト・ユンガー役は、『ヒトラー 最期の12日間』でゲッペルスを演じたウルリッヒ・マテス。

※ポーランド旅行記バックナンバーまとめ※随時更新①~

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2020/01/20

㉖Do widzenia Polska.”さよならポーランド”(2018/7月)

ポーランドのタクシーは、ふっかけられることがあるとネットでみかけていた。
しかし泊った修道院に聞くと、空港までならタクシーが一番近くて早いらしいので、タクシーを呼んでもらうことにした。
ちなみに、一人旅で今までタクシーに乗ったことがない。(いつも公共交通を利用していた)

で、実はもう現地通貨がなくて、カードも使えないって言われて、ユーロ払いでOKだと言われた。乗りながら値段を聞いたら、やはり相場(事前に調べておいた)より少し高い金額を言われたが、交渉するのをやめて、言われた金額通りに素直に払うことにした。
(私が乗ったタクシーはたしかメーターがなかった気がする…あったかな?)

実のところ、修道院のレセプションが計算を間違えたらしくちょっと金額を安く払っていたことにタクシー内で気づいた…で、そのタクシーのバックミラーにロザリオが掛かっているのを見て、その分この運転手の青年に還元しようと思ったからなのだけど。
しかも、着いてから荷物なども運んでくれたが、チップを払うのを忘れてしまった…ごめんタクシーさん…トントンくらいにはなっているはず…

ポーランドの国際空港の名前は、それぞれ著名人の名前を冠したあざながある。
ヴロツワフは、コペルニクス空港、
ワルシャワは、ショパン空港、
そして、ここクラクフは、 ヨハネパウロ2世・クラクフ・バリツェ国際空港!

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ルフトハンザの小型のユーロ便、LCCより少しランク上かな…たぶん。

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ポーランドを去り、フランクフルトへ
そして、さっそく列車トラブルのDB(ドイツ国鉄)で、発車ホームが色々変わる。

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しかし我が家(ドイツの家!笑)に帰るとドイツの私の好物を最後の晩餐に用意してくれていた‼Danke!!!

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翌日、荷物をまとめてドイツの我が家を出発して、またフランクフルトへ

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子どもだけなんだろうけど、車内で大好物のグミをもらう!車両トラブル多いけど、これだからDBを許してしまう。笑

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フランクフルトから日本へ(本当は帰りたくはないけど…)

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あぁ、楽しかった。やっぱりヨーロッパは好きだな~。


さて、これで、ひとまずポーランド旅行記、終わりました。(参考資料の追記はちょこちょこと‥)

アウシュヴィッツ以降は、それまでが重すぎたので、緩めな感じで前半部分より観光多めの文章内容にした(前半は極力観光部分を文章から省いたので)。

ポーランド、また行きたいな…

※ポーランド旅行記バックナンバーまとめ※随時更新①~

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2020/01/18

㉑参考資料の感想 (映画編)Auschwitz-Birkenau編14~その1

”㉑参考資料の感想(ドキュメンタリー編)Auschwitz-Birkenau編14”につづき、映画編。

20代後半あたりまで、近現代の戦争描写のある本や映画やテレビ、資料館などを徹底的に避けてきた。
小さい頃に子供会で見させられた、戦争の悲惨さを伝えるアニメ映画がトラウマになり、夜も寝れなくなったのが原因だったので、とりわけ映像が怖くて見れなかった。

なので、かなり有名なものも含め、今回が初見になる。恐れ多くも★評価してみた…というか、映画の良し悪しよりも単に自分の好みの評価。

※数が多いので、”㉑参考資料の感想 (映画編)Auschwitz-Birkenau編14~その2”に続きます。

 『戦場のピアニスト』(2002年/フランス・ポーランド)★★★


ユダヤ系ポーランド人の名ピアニストであるウワディスワフ・シュピルマンの戦時下の体験記を元に描いている。
ワルシャワへ行く前に観ておけば良かったと思った。ゲットー、2つの蜂起、壊滅したワルシャワ、そしてショパン。
この映画は、本当に素晴らしかった。感情移入をさせないよう、坦々と映す戦時下のワルシャワは、むごく虚しくてやるせなく、そして悲しいまでに無力に見えた。
ドイツ人将校役のトーマス・クレッチマンが、役的にもかなりイケメンでした。

ワルシャワ歴史地区について→ ④壊された街、壊せなかった想い (2018/6月) ゲットーについて→ ⑤ワルシャワ・ゲットー (2018/6月)

 『ソハの地下水道』(2011年/ポーランド・ドイツ)★★★


ナチス占領下のポーランドで、下水道業者のソハがユダヤ人を地下水道に匿った実話を映画化。
本当に見ていて辛くなるが、とても良い映画。
“戦場のピアニスト”でも、”地下水道”でも感じたが、生い立ちで戦争に深く関わったことのある監督(たまたま全員ポーランド出身だが)の描く戦争は、どこかに肩入れするでもなく、共感や感動をさせるわけでもなく、坦々と情景を描き、立場に関係なく生身の人間を描いている。
涙を誘う描き方や英雄を作り出すのは、戦争を知識として知った人で、体験した人はただ坦々と醜さを表すだけに思うが反戦映画となるのは、やはり後者だと思う。

As if we need GOD to punish each other.(劇中エピローグより)

 『ヒトラーの贋札』(2007年/ドイツ・オーストリア)★★


強制収容所内で行われていたナチスによる偽札作り”ベルンハルト作戦(国家機関によるものだと史上最大)”の実話を基にした作品。色んな意味での”内と外”の見せ方や対比が印象的。オープニングとエンディングで流れるカルロス・ガルデルの”mano a mano”(演奏Hugo Diaz)は、”五分と五分”という意味だと誰かの感想で書いてあった。音と音楽の使い方が秀逸。

内容に関係ないが、ブルガー役のアウグスト・ディールがとても美しい(骨格)。

 『帰ってきたヒトラー』(2015年/ドイツ)★★★


1945年のヒトラーが、自殺の瞬間から現代のベルリンにタイムリープするという荒唐無稽のコメディー映画。が、かなりの社会派映画。大筋は社会風刺的でコメディータッチだが、スタジオ以外の街頭市民、ネオナチ、NPD(ドイツの極右政党)との撮影は基本アポ無しらしくて、難民問題による二極化や景気低迷、政治不信のドイツ国内の様子を如実に映し出すことで、警鐘を鳴らしていた。とても面白かったが、視聴後、考え込む。

 『黄色い星の子供たち』(2010年/フランス)★


ナチス占領下のフランスで行われた(仏政府も協力した)ユダヤ人の一斉検挙(ヴェル・ディヴ事件)を題材にした映画。
子供たちが可愛い…ので、尚更悲しい。。。
ジャン・レノは、客寄せパンダ的な効果を狙ったのかな…肥えているし彼である必要はないと思うけど、この手の映画に観る人が増えるためなら良いのかもしれない。

 『サラの鍵』(2010年/フランス)★


これも、”黄色い星の子供たち”と同じくヴェル・ディヴ事件を取り扱ったもの。
現代のジャーナリストの視点から過去を掘り起こしていく。
こちらの方が、好きかな。
職場で記事について会議中に、
“(戦時中に)こんな(悲惨な)ことがパリの真ん中で起きていたなんて吐き気がするわ。”と言った女性の同僚に、
”じゃあ、あなたがもしその場にいたら何をしたと思う?”と問いかける主人公。
別の同僚が、”たぶんテレビで見ているだけだね、イラク戦争の時みたいに。”と答えていた。
いつだって傍観者で居続けてしまう、自分の身に降りかからない限りは。

 『ハンナ・アーレント』(2012年/ドイツ・ルクセンブルク・フランス) ★


“⑱人を残忍にするシステム(2018/6月) Auschwitz-Birkenau編11”で触れた映画。“全体主義の起源”を書いたユダヤ系社会学者ハンナ・アーレントが、”イェルサレムのアイヒマン”を発表するまでの話。
ドキュメンタリー編で紹介した”Defamation”を見てからだと、70年前から何も変わってないんだと思った。

 『二つの冠/Dwie Korony』(2017年/ポーランド)


マキシミリアノ・コルベ神父(⑬コルベ神父(2018/6月) Auschwitz-Birkenau編6参照)の生涯を描いたドキュメンタリードラマ。二つの冠とは、コルベ神父が幼少の頃、お祈りしていると聖母が赤と白の冠を持って現れ、どちらを受け入れるかと尋ねられる。コルベ神父は「両方欲しい」と答えたという。白は純潔を保ち、赤は殉教者となることを意味している。内容に関しては、”汚れなき聖母の騎士会”の創立100年を記念して公開されたのを考慮のこと。

 『ブラジルから来た少年』(1978年/アメリカ)


メンゲレなどを知らない時に、ラジオドラマを聴いたことがあった。ナチスにオカルト的な話題が絶えないのは、カルト教団的な政治理念や残虐さの他に、ヒムラーのオカルト傾倒と、マッドサイエンティストと言われるこのDr.メンゲレの存在がかなりあるだろうと思う。個人的にラジオドラマの方が好きだった。

 『ライフ イズ ビューティフル 』(1997年/イタリア)★


愛に守られた息子ジョズエを通して見る、両親の出会い、戦争に向かう世の中、収容所、そして終戦。戦争映画というよりは、愛と人生賛歌の映画。喜劇として悲哀を描いている分、カメラで映していないその先や意味を知っているとより悲しい。女性士官の態度や戦前に懇意にしていた軍医の平素と変わらぬやりとりなどの違和感も映している。

 『手紙は憶えている』(2015年/カナダ・ドイツ)★★★


老人ホームに暮らす90歳になったアウシュヴィッツサバイバーの人生最後の復讐劇。戦争体験者が高齢になり、認知症や介護、老衰など、現実にあり得る話。お爺ちゃんによるロードムービーっぽいサスペンスで、とても面白かった。主演はサウンドオブミュージックのトラップ大佐の約50年後、枯れ演技も素晴らしい。

 『HITLER the rise of evil』(2003年/アメリカ・カナダ)★


2部作で、ヒトラーの生い立ち〜長いナイフの夜までを描いている。
ヒトラー役を、10代から好きな英国俳優ロバート・カーライルが演じているのだが、良い意味で不気味で気持ち悪い。しかし、全編で英語を喋っているのが、気になる。

 『ソフィーの選択』(1982年/アメリカ)★


上京した小説家志望の青年と、才能豊かで自由奔放なユダヤ青年と影のある美しいポーランド女性カップルとの交流、明かされる秘密と過去。
非常にヨーロッパ映画っぽく、全体的に叙情的で神秘的、そして重い…
メリル・ストリープ初主演
今も美しいが、この時は物凄い美しさ。

広い寝台を/畏れをもって準備し/公正な/審判の下る日を/静かに待とう/しとねをまっすぐに/まくらは丸く/朝日の黄金色のざわめきに/乱されぬように(劇中、エミリー・ディキンソンの詩より)

 『わが教え子、ヒトラー』(2007年/ドイツ)


敗戦間近のベルリンで最後の演説をするヒトラーの指南役にユダヤ人の役者が抜擢される話。コメディーだが、これは合わなかった。

 『ワルキューレ』(2008年/アメリカ)


実際にあった一部の軍部によるクーデター・ヒトラー暗殺事件(ワルキューレ作戦)をトム・クルーズ主演で映画化…。ヒトラー暗殺については、ドキュメンタリーも見て、そちらの方がスリリングさが半端なく、面白かった。私の中で、ご本人はトムクルーズよりずっと魅力的なイメージなんだが…

 『命をつなぐバイオリン』(2013年/ドイツ)★


戦争の足音が大きくなりつつあるウクライナで仲良くなるドイツ人の女の子とユダヤ系ウクライナ人のバイオリンとピアノの才能がある男の子と女の子が、戦争により翻弄されていく。バイオリンの神童の少年役を演じたのは、現実でも神童のバイオリニストだということで演奏シーンは、本物だそう。

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