2019/02/01

⑧オシフィエンチム(2018/6月)Auschwitz-Birkenau編1

“オシフィエンチム”というのが、アウシュヴィッツがある土地の本来の地名である。
バスのチケットを買う時に、窓口で”オシフィエンチム行きのチケットください。”と言わなきゃいけないのに、
オシフィエンチムが、非常に言いにくくて、列に並びながら何度か口の中でオシフィエンチムとつぶやいてから、満を持して、窓口へ。
お姉さんと目が合ったとたん…やはり噛んでしまった…
ドイツ人にも、”オシフィエンチム”は言いにくかったらしい、だから”アウシュヴィッツ”と付けたそうだ。
ドイツ語は、割と日本人には発音しやすい気がする。
義務教育を受けてきて、アウシュヴィッツの名前を聞いたことがない人はあまりいないと思う。
忘れていたり、具体的にはわからない人はいるのかもしれないが。
そういう自分だって、知っていることなど通り一遍の授業で習った程度だと思う。
残念ながら、我々の義務教育では、近現代史は、3学期あたりであっという間に終わる。
しかも、ひたすら年号と国名だけをテストのために暗記させられるため、何一つ中身が入ってこない。
そんな義務教育を呑気な頭で受けたままの知識で、まずは、行ってみることにした。
知識がない分、怖いけど、ちゃんと見てこようと思った。
大きな駐車場には、何台も観光バスや車が止まっていて、様々な国からきた人々が、様々な思いのままこの場所に集まってきていた。
時間になると、指定された待ち合わせ場所に20人ほどの20代から50代くらいの日本人が集まってきた、みんな個人旅行だった。
日に焼けて誠実そうなガイドの中谷さんがテキパキと慣れた様子で先導してくれる。
アウシュヴィッツを1時間半くらい、外に出て、希望者だけ30分後から今度は第二収容所のビルケナウ(シャトルバスが出ている)へ、そこでまた1時間半くらい案内してくれた。
中谷さんにガイドをお願いして本当に良かったと思う。
アウシュヴィッツのことはもちろんだが、在り方、考え方、政治的なことなど、多岐にわたり話してくれて、どんな質問も誠実にきちんと答えてくれる。
誰が悪いとか、可哀想だとか、どうすれば良かったかとか、そういうような思想や意見や感情的なことは言わず、ただ坦々とこの場所で起きた事実だけを丁寧に話してくれた。
そして、この場所に訪れた人が、自分の心で感じ、考え、それぞれの胸にそれぞれの答え託すように話してくれた。
中谷さんが、
ガイドする相手の国が違うと、センシティブな部分もあり話せないことや、安易に触れられないこと(特に政治的なことなど)があるから、話す内容も変わってくる場合があるとも言っていた。
その点、日本人は、そういう制約が極めて少ないのではないだろうか。
行った率直な感想を言うと、
行く前まで、怖くて仕方なかったので、
(場所に対して)ガチガチに緊張していて、気が高ぶってしまい、怖さや悲しさのようなところまでおりて行かずに、なんだか感情だけがひどく上の空だった。
中谷さんのガイドのおかげで感情の波が来なかったかもしれないし、
もしかしたら、恐怖から無意識に心にガードしたのかもしれない。どちらにしても緊張と変な興奮で、首と肩が力みすぎて、亀みたいになっていた。
そして、
それは感情の筋肉痛のように、次の日からジワジワと来だした。

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