2020/03/03

ききかじりのいいまつがい

異常という言葉が日常とは異なることであるならば、今起きていて、その中に自分がいることで、すでに異常ではなく日常になるのだろう。

今回の事態は、SF小説やパニック映画によく出てくる異常な事態である。でも自分がすでに渦中だから、この異常事態が、異常だと感じられていない。

ペストが流行った時は、テレビもネットも、高速移動手段もなかった時代である。
感染率の高さや重篤者数、死者数、外形異変は、コロナの比ではないのだろうが、それであっても情報も恐怖も感染もここまで拡散されなかったのではないかな。

今のこの状況は、ついこの間まで創作上の異常事態でしかなかった。公共施設や学校閉鎖、ライブ・イベント中止、マスクしないことに嫌悪する人、紙の買い漁り、閑散とした百貨店や観光地、観光客の激減、見かける人の8割はマスク姿、非常事態宣言の是非など、完全に異様である。
だが、恐怖を煽りたてる一連の騒動やニュースを見続けていると、現状に疑問に感じることなく、感染拡大の不安の中で受け入れ溶け込んでしまっているのだが、それがそもそも異常な事態である。

3.11も放射能漏れ時もしかりだが…

どうでもいいが、こういう異常事態になると、解説者の専門性が高くなるためか、やたらに横文字の耳慣れない単語がたくさん出てくる。

ちょっと待って、その英単語や専門用語を交えた解説でみんなわかっているの?と思う
私は、よくわからないんだけど…

時間が限られているのはわかるけど、最終学歴ラーメン大学の私にもわかるように、ちゃんと優しい言葉で説明してもらいたい。
万人がわかるような言語で伝えないと、勘違いしてしまい、収められるものも収まらなくなるのではないかな。

ちなみに、ニュースで聞きかじりの専門用語(意味をちゃんと把握していない)を使い、識者や専門家でもないのに、日常会話に混ぜてくるから、使い方がルー大柴みたいになっている人がたくさんいる。ルーさんは、まだ意味があっているからいいけど、完全に言い間違っていたり、意味が違っていたりする。


ということで、勝手に用語解説
(…間違っていたらごめんなさい)


パンデミック

ある病気(感染症や伝染病)が世界中で流行すること。
パンデミックへの備えとは、世界的流行への備え。

クラスター

房、集団、群の意味。疫学では、予測数よりも多いことが疑われる”時および場所で集団化された症例の集合体”のことも指す。
患者クラスターとは、患者の集団。クラスター感染とは、集団感染。

フェーズ

段階、局面、一側面。
新たなフェーズに入るとは、新たな局面(段階)に入る。

スーパースプレッダー

感染症の感染源となって感染拡大に拍車をかける人物を指す言い方。
1人のスーパースプレッダーにより多数の感染者が出たとは、1人の強い感染力を持つ患者により多数の感染者が出た。

エアロゾル

気体を媒体として液体あるいは固体の微小粒子が浮遊している系または状態。煙霧質。
エアロゾル感染とは、飛沫感染や空気感染と異なり、ウイルスが空気中の霧やミスト、粉塵や煙と合わさることを「エアロゾル化」と呼び、このエアロゾル化したものを吸い込むことによって感染すること。

アウトブレイク

ある限定された領域(国、村、病院内など)の中で、一定期間に予想以上の頻度で疾病が発生すること。集団発生。院内における感染症のアウトブレイクとは、院内における感染症の集団発生。

エンデミック

一定の地域や季節的周期で罹患率が一定している状態。予測は可能で他の地域には広がってはいかない。地域性流行、風土病(感染病・伝染病に限らず)。
日本では水疱瘡のエンデミックがあるとは、日本では(毎年)水疱瘡に罹る人が一定数いる。

エピデミック

伝染病が予想されるエンデミックの範囲を超えて、急激に社会的に広がっていく(流行していく)状態。またその感染にピークがあり、それから減ることをいう。
日本ではインフルエンザのエピデミックがあるとは、日本では(秋から冬にかけて)インフルエンザの症例が増え、ピーク後に収束していく。

アウトブレイク(集団発生)・エンデミック(地域性流行)・エピデミック(流行)・パンデミック(世界的大流行)

特にエピデミックが極めて異常な規模にまで拡大した場合にアウトブレイクが用いられることが多い。
世界の各地でエピデミックがほぼ同じ時期に起きた状態の事をパンデミックと言う。

サーベイランス

注意深く監視するという意味。国や自治体などにおける疾病の発生状況を正確かつ継続的に調査・把握し、その情報を基に疾病の予防と管理をはかる一連のシステムを示す。

トリアージ

語源はフランス語の”triage(選別)”から。大事故・災害などで同時に多数の患者が出た時に、手当ての緊急度に従って優先度を決定して選別を行うこと。識別救急

インフォデミック

造語”infodemic: information pandemicの略語(情報の伝染・感染爆発)”。新型コロナの拡散にともない、それを上回る勢いでフェイクニュースが世界中で大量に拡散している。世界保健機関(WHO)はこれをインフォデミックと呼び、警戒を強めている。買い漁りや民間療法など。

リスク・コミュニケーション

あるリスクについて、関係する当事者全員が情報を共有し、意見や情報の交換を通じて意思の疎通と相互理解を図ること。リスク・コミュニケーションとは、一般の人たちの「知る権利」であり、リスクに対する不安(パニック)や被害をできる限り減らせる。

エビデンス

証拠、根拠の意味。医療では、薬や治療方法、検査方法など、医療の内容全般について、”この治療法がよいと判断できる証拠”として使用。
エビデンスに基づく治療とは、研究の結果、これがよいと証明されている治療。

ワクチン

感染症の予防に用いる医薬品。病原体から作られた無毒化あるいは弱毒化された抗原を投与することで、体内に病原体に対する抗体産生を促し、感染症に対する免疫を獲得する。

ウイルス

他生物の細胞を利用して自己を複製させる、極微小な感染性の構造体で、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなる。地球上にはごまんと存在する。

新型コロナウイルス

SARS-CoV-2。人に対して病原性があり、急性呼吸器疾患を引き起こす。2020年(令和2年)2月現在、中国武漢市での肺炎の流行をはじめ、世界各地で感染が拡大している。

テレワーク

”tele = 離れた所”と”work = 働く”をあわせた造語。勤労形態の一種で、情報通信技術を活用し時間や場所の制約を受けずに、柔軟に働く形態をいう。

エチケット

礼儀作法。
咳エチケットとは、咳やくしゃみの飛沫により感染する感染症を他人に感染させないために、個人が咳・くしゃみをする際に、マスクやティッシュ・ハンカチ、袖を使って、口や鼻をおさえること。
特に電車や職場、学校など人が集まるところで実践することが重要。

クルーズ

大型客船を利用した旅行のこと。5カ月にわたる世界1周クルーズから1Dayクルーズまで内容は様々。1,000人から5,000人が一度に乗船できるクルーズ船が就航している。船内にはマジックショーや映画などを鑑賞できる劇場やカジノなどのアミューズメント、プールやミニゴルフ、アスレティックなどのスポーツ施設、数カ所のレストランなど施設が充実している。客室はグレード別に分かれている。

ダイヤモンドプリンセス

イギリスP&O社が所有し、アメリカに本拠地を置くカーニバル・コーポレーション(Carnival Corporation & PLC)の傘下、プリンセス・クルーズに所属している外航クルーズ客船。主に夏季はアジア、冬季はオーストラリアでクルーズを開始。



2020/03/02

フチ子的マグ

これまた、1年以上前に注文を受けていたペアカップがやっと出来た。
選べるようにいくつか作ったけど、
Piggy(持ち手がpiggyという生き物。コーヒーカップサイズ)とフチ子的マグ。

日本のミニフィギュアのクオリティ高いなと、常々思う。
もう100均のカップにフチ子の方がいいのではないか。

しかしこのご時世、フチ子もなかなかコップにはよじ登れなくなりつつあるかもしれない。
フチ子と濃厚接触するにも、スリルを伴うご時世である。





2020/02/24

うん、わかるよ…



見出し画像

すごくセンシティブになっている方からすると、発狂してしまいそうは話だが、
先週の夕方、電車に乗っていたら、
部活帰りの女学生(中2か、高1くらいかな)が3人乗ってきた。
高い位置でポニーテールをした、あどけなさを残すが、大きなカバンを肩に下げた、運動部のキリッとした雰囲気がある制服姿の可愛い女の子たちだった。
3人は話しながらセブンティーンアイス(自販機で売っているコーンアイス)を片手に電車に乗ってきて、扉のところで円になる様に立ちながら、大きなカバンをそれぞれの足元に重そうに置いた。
アイスは、コーンを残してアイスの部分を綺麗に食べていて、きっと部活の疲れと小腹を満たすために買い食いしていたのだろう。
パッケージの紙は取り除き、コーンを素手で持ちながら、3人は話しに夢中だった。
しばらくすると、パタンと定期が落ちる様な音がして、3人の動きが止まった。
そして、私の正面に立っていた女の子が、屈んだ後にソロソロと立ち上がった。
その顔は、変な表情で固まっていた。
拾った手元を見ると、ちょうどコーンの部分を一口かじったばかりのアイスを持っていた。
きっとコーンの部分を楽しみにして大事に食べていたことだろう…
他の2人も、
「あ。。。」
と言ったかんじで固まっていたが、
そのうちの1人が、何を思ったか
「ウェットティッシュあるよ!」
と、言った。
「え?…あ…いや、ウェットティッシュで拭くってありなの?」
と、他の2人は混乱していた。
不謹慎ながら、
このご時世で、電車内での飲食と、なおかつやりとりがあまりに面白すぎて、続きがどうなるか気になっていたのだが、最寄り駅に着いてしまい、後ろ髪引かれながら降りてしまったのだが…
ホームから振り返ると、彼女は、まだコーンを持ったまま困惑した顔で固まっていた…
色んな要素が絡んでくる複雑な状況のため、彼女たちは決断がくだせなかったのだろう…
①屋外(しかも電車の床)で3秒ルールは、適用されるのか。
②コーンアイスのアイス部分は食べきり、コーン(乾燥している)部分が着地している場合、セーフなのか。
③上記の二つがクリアした場合、ウェットティッシュで着地面を拭けばセーフなのか。
彼女たちは完全に、世間を騒がすコロナウイルスなんか全く頭にないんだろうな。
2ドア先の座席に座る女性は、マスクにビニール手袋までして乗っているけど、同じ空間にいるとは、思えない光景だった。
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2020/02/19

おひなさま

 1年以上前から受けていた注文のおひな様をやっと納品しました。
これは、平成天皇&皇后バージョン(着物)になります



箱描き
(※木目に対して縦ではなく横書きしています。あしからず)


2020/02/03

何者にもなれない人

「え…っと…それってどういうことですか…?」

「つまり、〇〇とかだよ、アイツは、この先、何者にもなれないだろう?」

自分でわかっていても、他人からは言われたくない言葉ワースト10には入る気がする。

そもそも○○氏とほとんど面識がない私にそう話す神経に、何とも胸くそが悪くなった。
「あなた、何様ですか?」と喉元まで出かかって、
この人にキレてもエネルギーの無駄遣いだと思い、肯定も否定もせず助手席で笑顔だけ張り付けていた。

そんなことが以前あったのを忘れていたのだが、
姉の本棚にあった朝井リョウさんの『何者』を借りて、読んでいたら思い出した。
で、続編は『何様』…


『何者』は、群像劇であるが、人の線が重なりそうで重ならず、それぞれが他人に皮を剥がされていく感じだったのだが、
『何様』は短編集で、各話で線が重なり合う人に必ず会って、気づかされるといった感じだった。
2冊とも、人間の陰性(習性)や教訓めいた言葉が散らばってもいるから、身につまされる人も多いのだろうな。

朝井リョウさんは、たしか30歳くらいだから、割と下の世代になるはずだ。
自惚れが生み出す幻想の"何者"信仰に囚われているのは、ロスジェネ世代〜バブル世代だと勝手に思っていた。

戦後民主主義の中、日本版資本主義が社会に定着して、安定した終身雇用と高度成長に続く好景気の中で幼少期を過ごし、全体主義的な義務教育を経て、冷戦も終結し一国平和主義と、曲解した欧米式の自主性や自由思想を理想として語るマスメディアに洗脳されながら育ち、社会に出る瞬間にバブルの洗礼を受けたバブル世代と、社会に出る瞬間に不況のため不自由さで辛酸をなめた氷河期世代、遅かれ早かれ洗脳された理想郷とは程遠い現実に直面して頭の中で現実逃避したのが、1982年〜1965年生まれあたりの中高年なんじゃないかと思っていた。

つまり“何者”かであることにこだわり、羨望と嫉妬に苛まれてしまうのも(ロスジェネ世代)、あるいは自分が何者かであると頑なに信じてしまうのも(バブル世代)、育った時代の社会システムが生み出した幻想なのではないかと思っていた。
なので相対的に見たら、我々中高年に比べて下の世代は、この共通感覚を持つ人が少ないのではないのかと感じていた。

しかし、いったいこの"何者"とはなんなのだろうか…

封建社会の中、産まれた瞬間に、なる者が決まっていた時代。
各層に貧富の差はあれど、武士も、貴族も、農民も、蛙の子は蛙にしかなれなかった。
身分違いなんて言葉が使われ、大半の人が不自由さゆえの繭の中で、自分が何者かと頭を抱えることもなく、実直に被差別的アイデンティティの確立をしていた。

それが現代になり、平等という建前社会のもと、自由という虚構の選択肢が現れてしまい、トンビがタカでもヨタカでも産むのだと、自分はもしや非凡な何者なのではないかと幻想アイデンティティへ迷走する。

揶揄すると、ローファンタジー(厨二病世界)みたいな感じなのかと思う。

"何者"を"夢を叶えた人"に変えてみると、少しだけ現実的になるのかもしれない。
だが、実際には夢がない人の桃源郷が"何者"である場合が多いのではないかと思う。

とても幸せなことではあるのだが、五体満足で衣食住に困ることなく、平和と安定があるからこそ持てる夢であるから、半ば強要される”夢を持たなければならない”という無言の圧力に、不安定になる青少年も多かったのではないだろうか。

大人になったら何になりたいかとか、夢は何とか、私が小さい頃はやたらと文集や質問で書かされたが、私はなかった。
で、困り果てて、姉の真似をした。
今でも覚えている、幼稚園で書かされるあの拷問に等しい質問に、焦燥しながら空欄をみつめていた。

子どもの全員が夢を持たなければならないとは、平等と平和が見せる凶悪な妄想である。
将来の夢など持たない10代がほとんどじゃなかったのかな。

物心ついた時から、
本でも、漫画でも、映画でも、ゲームでも、全ては”何者”かである人の物語で、“何者”でもない人(=“普通”の人)は、そもそも脇役でも悪役でもなく、名さえ与えられず、無機物の風景でしかない。

その洗脳をふんだんに浴びてきた我々にとって、”何者”でもないこと(=“普通”)は無価値や罪悪に相当するのかのようである。

名もなき“普通”の人から抜け出したいと願うあまり、飲み会のナンパの常套句として、”きみ、他の子となんか違うね”、”なんか変わっているね”とポジティブに使うと、相手が特別になれた気がして舞い上がるという話も聞く。
よく考えずとも、本当に”変わった人”には、”変わっているね”なんて面と向かって言わないし、空気も読まずに言ったりしたら、キレられる。

そもそも“何者”の本来の使い方は、
「お主、何者?」
と闇夜の辻で聞かれた時に、
「拙者は、〇〇藩のナニガシである」
というのが、本来の答えなのである。

もうすでに何者かである我々の、肥大した承認欲求と上昇志向による幻影が、青い鳥のように自分探しを続けさせている気がするし、SNSの承認欲求アピールを中高年が一番盛んにしてしまう理由なのかもしれない…(身につまされる…)

オーディション番組や雑誌、アポなしのバラエティ番組など、”普通の人”が”何者”かになる過程を見ていくドキュメンタリー的テレビが絶大な人気を博し、みんなが同じ番組を見ていたのも、
何者かであることを追い求め、バックパッカーが流行り、若者のカルト教団への入信が取り沙汰されたり、〇〇系や〇〇族など限られた地域やファッションで自分たちをカテゴライズしたり、啓発本が何冊もベストセラーになったりしたのも、今の中高年が若者だった10代〜20代の頃の話である。

“何者”を追い求め、現実の中で夢破れたと錯覚している人たちと、未だに選ばれし”何者”かであると自分に酔えている夢うつつな人たちとで見たら、
他人から見た時の痛さにだいぶ開きはあれど、後者の人生ほど幸福なものはないだろう。
夢や理想や幻想は、糧にもなるが、心を病ませ、人をも殺す可能性がある。
そもそも健康な大人は、自分が”何者”かなどにこだわったり、SNS相手に事細かに日常や心境を報告しないのかもしれない。

新しい今の若い世代の共通認識の中に、何者信仰は、存在するのだろうか。
情報の量も速度もあまりに増大し、色々なものの価値の比重が大きく変わってしまった現代では、もう必要ない信仰なのかもしれない。もしくは、新たな価値基準の中でまた、新興宗派”ナニモノ”があるのだろうか。

そう考えると朝井リョウの『何者』に対する感覚も、もしかしたら、私の考えるものと少し違うのかもしれないと思う反面、
本文に、主人公が表現者名(作家名・twitterアカウント等)を平仮名に変えているというくだりがあったのだが、

“劇団の脚本を書いたり役者として舞台に上がるときは、名前をひらがなで表記する。そんなダサいルールを決めたのは、初舞台を踏んだ大学一年生の六月かのころだった。
漢字をひらがなにする、たったそれだけのことで何者かになれた日々は、もう遥か昔のことのようだ。”(「何者」より)

その安直な感覚は、自分の作家名が平仮名にしている事もあり、すごく良くわかる。

ダサさの言い訳をしておくと、
私の場合、名前の漢字や耳触りが昔からあまりしっくりこなくて、興味本位でネットで姓名判断を見たら字画が悪すぎて、ついでに平仮名でもみたらそっちの方がまだ良かったからというのが一番の理由だった。
ちょうど大学の専攻の先生が2人とも作家名の漢字を変えていたことと、
洋画の大学院生にカタカナを作家名にしている人がいて、これは学生でも有りなんだなぁと思い、
大学院から作家名を平仮名に変えてみることにしたという、本当に単純な理由なのだけど…。
変えてみて、こんなお手軽なことですら意識の差別化は出来て、気分が変わるものなのだなと思った。
変えたことでフルネームで呼ばれることが多くなり、耳触りだった名前の音すら耳慣れした。
そして今や、平仮名に慣れすぎて、漢字で名前を書く方が違和感を覚えてしまい、たまに自分の漢字を書き損じてしまったりさえする…。その上、名前よりも無機質で、ある種の個々を識別するための請求記号みたいな感覚にさえなる。
漢字には色んな意味を連想しやすいが、カタカナや平仮名には、従来の単語としての意味がない限りは、純粋に音としての感覚でしか捉えきれないのではないかと思う。
次、新しい何かになる時は、カタカナにするかな。

ただ氷河期世代の私だが、美術大学出身な上、一般的な就職活動をしていないので、朝井リョウの小説の就活生の感覚も、氷河期世代の苦悩も実体験としては全く持っていない。なのでこの”何者”信仰みたいな共感性は、単なる世代間の刷り込みと想像でしかない。つまり、私の独断と偏見である。

明確な指針もなく、意識下に存在する”何者”に対する定義は人によってひどく曖昧なため、それぞれなんだろうなとも思う。わかりやすいところだと、持ち物やステータスや肩書きであったり、年収やライフステージやパートナーであったりもするのだろう。

そんな私の中での”何者”の意味合いは、運も含めた才能やセンスがある、という感覚に近い。
つまり、今で言うと”持っている”人という言葉のニュアンスに近い気がしている。

と、そんなことをひと通り考えていたら、
Twitterの裏でも表でもなく、ただ国際ニュースを補完するためだけに使っているアカウントでフォローしている誰かがリツイートした中に、”駄サイクル”というのがあった。
石黒正数の漫画『ネムルバカ』の中にある話なのだが、
ついこの間見かけて、かなりタイムリーだったので、読んでみた。

 私がくどくど書いていたことが非常に分かりやすく一冊でまとめて描いてある。
なんとも身につまされるが、非常に良くできた教訓的な漫画である。10年前には出ているし、話題になったから、朝井リョウも『何者』を書く前に読んだんじゃないかとさえ思う…
ぐうの音も出ない…。




”何者”信仰の人は、大学生に戻ってこれを一回読んでから出直してきた方が良いのかもしれない。

しかし、結局のところ、全ては社会が生み出したくだらぬ幻想である(社会病理)。全ての人がすでに”何者”であり、それ以上でも以下でもない。

”何者”信仰に惑わされた魂が、健やかなる道へ戻れるように、一番真理をついていた”何者”代表のような人の言葉を最後に引用しておく。


“何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。”羽生善治





2020/01/28

2月のグループ展示などの告知です。

山形でグループ展があります。
弘前(青森)にも少し作品を置かせてもらっています。
よろしくお願いいたします。



お雛様と吉祥のかたち展(山形)

2020年1月31日(金)~2月16日(日)
休み:4日(火)・16日(火)

とても縁起の良いグループ展で35点くらい出しています。


恵埜画廊(よしの画廊)
〒990-0042 山形県山形市七日町2-1-38

◆電話:023-623-3140
◆FAX:023-623-3140
◆E-mail:info@yoshino-garo.jp
◆営業時間:10:30~18:30(最終日は17:30まで)
◆定休日:火曜日



CASAICO(弘前)

2020年2月7日(金)~2月14日(金)

2月7日~カサイコ企画展(画家と人形作家の2人展)が入っているのですが、
それに合わせて、ギャラリーで少し作品を取扱ってくださるそうです。
10点程度。


CASAICO (カサイコ)
〒036-8093 青森県弘前市城東中央4-2-11

◆電話/FAX:0172-88-7574
◆E-mail:info@casaico.com
◆営業時間:10:00-17:00
◆2/14以降の営業日などは、ギャラリーHPをご覧ください。

もえぎ城内坂店(益子)

昨年から引き続き小品を取扱ってもらっています。


もえぎ城内坂店
〒321-4218 栃木県芳賀郡益子町城内坂150

◆電話:0285-72-6003
◆FAX : 0285-72-5008
◆営業時間:10:00~18:00
◆金曜日不定休



2020/01/20

㉖Do widzenia Polska.”さよならポーランド”(2018/7月)

ポーランドのタクシーは、ふっかけられることがあるとネットでみかけていた。
しかし泊った修道院に聞くと、空港までならタクシーが一番近くて早いらしいので、タクシーを呼んでもらうことにした。
ちなみに、一人旅で今までタクシーに乗ったことがない。(いつも公共交通を利用していた)

で、実はもう現地通貨がなくて、カードも使えないって言われて、ユーロ払いでOKだと言われた。乗りながら値段を聞いたら、やはり相場(事前に調べておいた)より少し高い金額を言われたが、交渉するのをやめて、言われた金額通りに素直に払うことにした。
(私が乗ったタクシーはたしかメーターがなかった気がする…あったかな?)

実のところ、修道院のレセプションが計算を間違えたらしくちょっと金額を安く払っていたことにタクシー内で気づいた…で、そのタクシーのバックミラーにロザリオが掛かっているのを見て、その分この運転手の青年に還元しようと思ったからなのだけど。
しかも、着いてから荷物なども運んでくれたが、チップを払うのを忘れてしまった…ごめんタクシーさん…トントンくらいにはなっているはず…

ポーランドの国際空港の名前は、それぞれ著名人の名前を冠したあざながある。
ヴロツワフは、コペルニクス空港、
ワルシャワは、ショパン空港、
そして、ここクラクフは、 ヨハネパウロ2世・クラクフ・バリツェ国際空港!

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ルフトハンザの小型のユーロ便、LCCより少しランク上かな…たぶん。

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ポーランドを去り、フランクフルトへ
そして、さっそく列車トラブルのDB(ドイツ国鉄)で、発車ホームが色々変わる。

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しかし我が家(ドイツの家!笑)に帰るとドイツの私の好物を最後の晩餐に用意してくれていた‼Danke!!!

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翌日、荷物をまとめてドイツの我が家を出発して、またフランクフルトへ

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子どもだけなんだろうけど、車内で大好物のグミをもらう!車両トラブル多いけど、これだからDBを許してしまう。笑

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フランクフルトから日本へ(本当は帰りたくはないけど…)

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あぁ、楽しかった。やっぱりヨーロッパは好きだな~。


さて、これで、ひとまずポーランド旅行記、終わりました。(参考資料の追記はちょこちょこと‥)

アウシュヴィッツ以降は、それまでが重すぎたので、緩めな感じで前半部分より観光多めの文章内容にした(前半は極力観光部分を文章から省いたので)。

ポーランド、また行きたいな…

※ポーランド旅行記バックナンバーまとめ※随時更新①~

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