バス停などで待っていると、教会関係の勧誘をする白シャツの爽やかな青年たちが笑顔で話しかけてくる
(何故か、私には話しかけてこないが…)
駅の入り口で、宗教勧誘のフライヤーを持った穏やかそうな人たちが交代で朝から、にこやかに立っている
教会も多いし、教会関係の託児所的な学校やイベントも沢山あるので、
ほとんどの人が日曜日の朝に礼拝に行く熱心なchristianかというと、そうでもない
Vancouverだと
48.8%が、無宗教
36.2%が、キリスト教
5.7%が、仏教
続いて、シーク教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教などが続く
(2011年の調べ)
つまり、半数近くは、無宗教となる
この割合にも関わらず、多くの教会(宗教団体)によって大々的な手厚すぎる慈善事業が行われ、その運営費のほとんどが、donation(寄付)で成り立ち、たくさんのvolunteerが働いている
まず、カナダの登録宗教団体は、慈善団体として32,339団体
その他に、公的、私的団体が1,000近い団体が宗教関係の組織として登録されている
カナダは、日本のような宗教法人法のようなものがない
そのため、法的地位と税制度の関係で、宗教団体もひとつの慈善団体として位置づけられる
これには、連邦所得税の控除などのいくつかのメリットがでてくる
また、慈善団体は、非営利法人の資格を取得してからカナダ歳入庁に登録することがほとんどである
カナダ歳入庁(CRA)に、慈善団体として登録をするためには、以下の4つのカテゴリーのどれかに当てはまらなければならない
1. 貧困の救済...(困窮者への一時的な食事の提供、衣服の提供、家賃の低い住まいやアパートの提供など)
2. 教育の発展...(学校の設置 運営や奨学基金の運営、調査 研究、博物館などの運営など)
3. 宗教...(信仰を深める行ないなど)
4. 地域共同体にとり有益な事柄...(上記以外のことで、たとえば、環境保護や、高齢者や障害者の支援など)
上記のことから、特にVancouverのHastingsあたりの教会は自ずと貧困の救済や薬物アルコール依存の矯正をメインとした慈善団体になるわけである
さて、無宗教の人口が割と多いのに、donationとvolunteerがなぜ盛んなのか…
まずは、驚くほど多くのdonationに関する広告が、メディアに入っていることである。
たとえば、ラジオはCMの間に一回は、donationの広告が入る。
あと、自宅の電話にかかってくる音声広告も割とある。
また、donationを募るためのイベントも季節ごとに催されたりする
例えば、私が行ったもので、クリスマス前にホテルで行われた子供たちへのクリスマスプレゼントのdonationイベント。テレビ局主催らしい。
詳しくは12/11付けのBlog→ http://fukuchiayako.blogspot.ca/2013/12/blog-post_12.html?m=0
以前書いたが、不要なモノや服の寄付の文化は、一般市民にも根付いているが、お金とvolunteerになると、また話は別になってくる
カナダは、NPO団体の数と活動範囲、寄付額の多さは、世界第2位である
また、宗教団体に対する寄付額の多さは他の種類の組織に対する額を大きく上回る
最近は、日本でも広がりつつあるが、税金の控除になるため、企業や個人事業主が、慈善団体に寄付するということがある
カナダでも、カナダ歳入庁に登録されている慈善団体へ寄付した場合は、個人も企業も税金控除の対象になる
そして、企業側は、宣伝のためにも積極的に寄付している
現に、おそらく最大規模の支援をしている教会(UGM)では、政府の助成金を一切受けずに企業と個人からの寄付で成り立っている
では、個人に関しての寄付の場合なのだが、
日曜に礼拝に行く熱心な信者は、年間で一人当たり平均して$1,038
そうではない人で、$295
信者であっても、違う団体に寄付することもある。つまり信者であればあるほど慈善行為に熱心といえる
(もちろん、$0の人もいる。あくまで寄付をしている人の中での統計)
また、若い頃、親や学校の影響で教会に通っていた人は、現在は、通っていなくても、寄付に割と積極的である
こちらに住む熱心なChristianに話を聞いていたのだが、
彼らにとって金額の大きさは関係なくて、その行為や気持ちを重要としている
お金持ちの人が$10,000寄付しても、貧しい人が$1寄付しても、同じ意味をなす
相対的な価値で考えれば、もしかしたら、後者の方が金銭価値が高い可能性もある
と、この考え方が根底にある場合、熱心な信者は、とにかく寄付するだろう…と感じてしまった
0 件のコメント:
コメントを投稿