2015/10/10

"O"は必要なのではないだろうか

作品です
久々に国立近代美術館と工芸館に行った

工芸館は、企画展で栗木達介
美術館は、所蔵作品展で藤田嗣治(企画展は見ていない)

企画展
栗木達介展
藤田嗣治、全所蔵作品展

藤田嗣治の戦争画を見たことがなかったのだが
全14点あった

以前も述べたけど、戦争画なんてもってのほかで、私にとっては怖い絵である

でも、藤田の戦争画は、なんだろう・・・
絵の中の人物は、みな当時の軍服を着て、凄惨な戦いの状況のはずなのに
ヨーロッパの美術館で観た圧倒的な宗教画や歴史画を見ている錯覚をおこす

いや、錯覚じゃなくて、
実際、踏襲していたみたいだった

軍部依頼の戦意向上の為の戦争画というよりは、追及しすぎたリアリティーは、通り越して、なんだか別次元の聖戦の様相を呈していた


あまりの圧倒的な迫力に、絵を前にしばし動けなくなる

戦争画の後に、晩年の絵として『動物宴』があったのだが、絵の繊細なかわいさ(少しグロテスクかな)もさることながら、その木額に自分でレリーフを彫った様ですごいかわいいのでお見逃しなく
 
余談だが、
藤田嗣治は、アルファベットだと″Fujita″ではなくフランス語綴りの″Foujita″としている

私の場合は、″Fukuchi″になるのだけど、これは英語圏でもっとも下品な言葉のFワードに綴りがすごく似ている
カナダにいる時に、名前のスペルを聞かれて、絶句された事があった

なので、私も″Foukuchi″にしようかな
ちょっとだけ紛らわせることができるんじゃないかと思うのは、気のせいだろうか・・・



その後、オリドさんの展示を見に、これまた久しぶりの目白へ

ついでなので、かいじゅう屋へ

開店5分後くらいに着く
かいじゅう屋とは、店が開いてる時間がものすごい短い人気のパン屋
味見程度に買おうと思っていたのだが、湯気のあがるパンを目の前にしたら全部食べてみたくなり
ほぼ、そこに出ていた種類を全部買ってしまった・・・
ちなみに、開店直後だけどやはり並んでいました



オリドさんの展示は、作品の雰囲気が少し変わっていたが、やはりとても良かった
またしても手ぶら(作品の写真など持ち合わせなく)だったのだけど、ギャラリーでオーナーさんなどにも紹介していただき
ついでにそのギャラリーで、美術業界の狭さを思い知らされ(大概において知り合いの知り合いは、知合いです)
そして、いつものことながら、私のグダグダな作家っぷりに、諭され(あきれられ?)ましたが

オリドさんには励まされました 笑

とても良いので、個展17日までやっていますよ、ぜひ。
http://g-ruevent.com/ruevent-Ⅱ/

2015/10/08

秋の夜長に短い読書感想文Ⅱ

夏に引き続き、読んだ小説の覚書
一部短くもないものも含まれる…


●『思い出を切りぬくとき』 萩尾望都
(2015年10月 エッセイ)
 
名前だけはよく存じ上げていた萩尾望都さん。一度読みたいとずっと思っていたが、親の教育上(?)漫画と無縁の幼少期を過ごしたため、漫画は友達に借りるもので、買うという感覚が全くなく、読む機会がなかった。
たまたま目に入ったこのエッセイに手を伸ばしたのは本当に偶然で、これを読んだら、無性に彼女の漫画が読みたくなってしまった。作品を知らないから、彼女を崇拝する人たちとは全く別次元の無知な状態から、共感できる部分が其処此処に転がっていて、かなり親しみを持って読んでいた。そういったてらいのない文章をかく人なのだと思う。

常々自分の頭の固さとクソ真面目さに辟易するだけれども、この間ギャラリーのオーナーとの話を思い出した。歳を召された方で現役で創作をされている人の頭の軟らかさときたら、少年の様だ評していた。それを聞いて、自らの短命を悟りながら、自分の中に居座る鈍色の硬い物体を想像して、20代までの瑞瑞しく透明で尖っていた青臭い感覚を恨めしく思った。生きやすさと感受性というものは反比例するのだと思う。

この本は、漫画家生活40周年を記念して20代の頃のエッセイをまとめたものなのだが、そこに寄せた現在(といっても1998年当時)の彼女のあとがきに

「さて、このエッセイをむかし書いた"私"は、読者から見れば"他者"ですが、二十年後の私から見ても"他者"です。その人はなんだか頭でっかちで気取り屋で、みみっちく子供っぽく、トゲトゲしています。ただ今も解るのは、その人は読者との距離の取り方がどうも上手くなく、やはり無防備に甘えながら、その実怖がって用心していて、近付いたり遠ざかったりしてそのエッセイを書いているカンジがします。では今の私はというと、実はあんまり変わっていないので困ったものです。(本文より)」

一昔前だと、そういう姿を公にして比較なんぞできるのは、著名人の特権だった気がするが、今や、ブログやその他SNSなど電子の中に誰でもがあけっぴろげにさらしている。感覚の麻痺もあるが、時々しか書いていない5年未満のこのブログでさえ、読み返して少なからず思う所がある。もし10代から日記でも付けていたのなら、今になって読み返して青くなったり赤くなったりしながらも、やっぱり変わらないなと感じるのかなと少しもったいなく思った。

60代を迎え今もなお現役の萩尾さんはやっぱりすごい。
彼女の場合は天才(本文からだと天才などはいなくて、天才とは偉大な努力家のことらしい)と言われているが、ここまで続けてきたということ自体が、もっとも価値のあることだと思う。





●『トーマの心臓』 萩尾望都
(2015年10月 漫画)

 そんな訳で、初期の代表作をさっそく読んでみた。
一回通読して、その直後もう一回再読した。
すると、見えなかった部分も見えてきた。
何よりも冒頭の詩から、受ける印象がガラリと変わる。

これは…、なるほどね。
多くの人がバイブルとしているのが理解できる。
もしかしたら、キリスト教の教えや精神を理解できないと、かなり難解になってしまうのかもしれない。もちろん私はクリスチャンではないが、倫理で学んだ程度のつたない一般常識でいうところのキリスト教の軸にある"罪・愛(アガペー)・赦し"なのだろう。
私がどうこう一方的に感想述べても、つまらないだろうから、読んだ人と話してみたいかな。

しかし、これ、それこそ10代とかで読んでいたら、どっぷりハマってしまって、かなり引きずってしまいそうだなと思った。
自分が生れる前に描かれた漫画だけに、今になって読んだ方がよかったのか、10代で読んでいればよかったのか、ちょっと感慨深い。今更だけれども。

「どうして
お父さん
神さまは―
そんなさびしいものに
人間をおつくりになったの?
ひとりでは
生きていけないように(本文より)」





●『銀の船と青い海』 萩尾望都
(2015年10月 短編小説)

続けざまですが、ちょうど見つけたので、ね。
これは短編小説と詩と画集みたいな感じですが、素晴らしい珠玉の童話集です。とても良かった。
大人というよりも子供にも読んでもらいたい。一編が短いので、すぐに読めてしまうのだけれど、もったいないから少しずつを読んだ方がいいと思う。
ちなみ『トーマの心臓』とちょうど同時期あたりの1974~8年あたりの短編をまとめた様。『トーマ~』でも思ったけど、一見古そうな画風の気がしますが、とても魅力的で丁寧な絵を描くと思う。でも、今の少女マンガに慣れた10~20代の子にしたら、古く感じるのかな…人物とか描き方が全然違うしな。
この本の前半に入っているカラー絵は本当に綺麗。

ちなみに『11人いる!』(漫画)も見つけたので、これも後日読もうと思う。(笑)


「白いお花が咲いている」と、悦ちゃんは、枝々にむすんである、おみくじを見ていった。
「お願いごとを、むすぶのよ」とわたしは教えた。
―(中略)―
悦ちゃんはふと、「どこへゆくの」といった。
「何が」
「木にお花がほんとうに咲いたら、お願いごとのお花はどこにゆくの」おみくじは白く光っていた。どこへゆくのか、わたしは知らない。 (本文より)





●『エコノミカル・パレス』 角田光代
(2015年10月初旬 再読)

当時20代前半で読んだこの本は、未来予想に暗い蔭を植え付けた。
じんわりとした負のスパイラルは、留まる事を知らずに、加速するわけでもなくただ着々と続いていき、ぼんやりとした不安や恐怖はうっすらとした焦燥感を産み、下腹部あたりに滓の様にたまっていく。こうなりたくないと10年前に思いながら、結局この主人公と同い年になった今の自分とは、何が変わらないのだろうかと思い、怖いもの見たさで再読してしまった。

はっきりいってここまで内臓に負担のかかる小説は無い。

俯瞰した文体で未来の見えずらい生活をかいているので、吐き気のする不快感や恐怖というよりも、ゆっくりと徐々に沈殿していく泥の様。
角ちゃん(作者)の初期によくあったフリーター文学で、彼ら(フリーター)のとどのつまりを書いている。

今の10代20代は、あまり海外に興味がないらしいが、私が10~20代の時はバックパッカーブームだった、東南アジアの安宿は日本人があふれていたという。現在の国内から出ない若者たちに苦言をする大人もいるが、我々の世代の自分探しや自由を求めて定職に就かずに長期間旅をしてまわっていた者たちが、その10年後の今、見つからなかった自分を抱えて果たしてどうなっているのかと考えると、この小説のあまりのリアル感に戦慄を覚える。

「あの日々を自由と呼ぶのなら、今現在、お好み焼きの材料をそろえるのに三軒ほどの商店をぐるぐるまわって値段をたしかめているこの不自由な状況は、その自由から派生したことになる(本文から)」

たぶん、この本を読んでから、なお一層、ちゃんと就職して給料をもらって働く多くの人たちを切実に羨望の眼差しで見るようになった気がする。
この小説に何も感じない人が、もしいるとするならば、その人こそが、自分の目指すべき未来だったのかもしれないなと、ぼんやりと思ってしまう。

「どのように割に合わなくても、どのように仕事が減っても、決して雑文書きの仕事はやめまい、とつよく決意する(本文から)」というくだりは、呪詛の言葉にしか聞こえない。

去年出た『最貧困女子』というルポルタージュの新書が話題になったが(自分の中でだけかな?)、貧困がためにセックスワーク(その中でも最下層の仕事)で稼がざるを得ない女性たちの救い様のない実態が取り上げられている、こちらは怖すぎて手に取ることすら出来なかったのだが、誰もが未来など思い通りには出来ない、でも少なくとも困難を回避できる"かもしれない未来"のために備えることはある気もする(それでも、落ちる時は落ちるけれども)。

「ブラジャーとパンツだけ身につけて、全身鏡の前に立つ。ブラジャーはレースがほつれているし、パンツは色あせているが、それらのくたびれた下着は私の裸体によく似合っている。
胸の下からパンツのゴム部分にかけての胴部分にくびれがまったくなく、布地をまとったように肉がだぶつき、長いこと陽の光にさらしていないために不自然なくらい白い。
腕を広げてみると二の腕の肉が重力の法則に従って床に垂直にたれる。―(中略)―全体的に肌にはりがない。洟をかんでまるめたまま長いあいだ放置されたティッシュみたいに、ただ白く、しなびた感すらある。醜い。―(本文から)」

話からのダメージはさておき、本当に、上手い書き方をすると思う。だからこの人の本は、読んでしまうのだけれども。
 

2015/10/02

中山うりライブ当日 HASAMI 5

あまりに当日の写真がなくひどすぎるということで
渉さんからダメ出し(?)で写真が送られてきた 
 
ので、ライブ当日の様子です


夕方になり、もうすぐライブ
スタンバイ

お客さんが続々と

満員御礼
もつ煮Doooooooon!!

これ用のかなめちゃん作のかわいいハンコも押してある
凝ってます
cafeのムック(monne legui mooks)のスタッフによる
ドリンクバーカウンター

ムーア、そういえば、あの時どこにいたんだろう・・・
子守をしながら、準備準備
母親はすごいな~

外にもテーブルあります


ムーア、狙う

ビクターの犬みたい
かわいい
 
 
ライブスタート
 
 
舞台の雰囲気が変わる
 
 実は5,6年前から
一回ライブで聞いてみたかった
中山うり
 
やはりとてもよかった

ムックスタッフ
おつかれさまでーす


2015.9.24
中山うりlive
in ながせ陶房

スタッフ一同

 

2015/10/01

ががががががが・・・・ saga-fukuoka-HASAMI 4

ここでちゃんと職業を明らかにしておきましょう

陶芸家です

イチゴ生産者です
 
陶芸家です

冷蔵庫と天井の間に挟まっているのは私です

熊本から渉さんの友達の大工さんです

大工さんの彼女さんです
休憩中

日々、色んな人が色んな所から手伝いに来ている
 


何故かみんなに注目されている
恵子さんとうみさん


朝から、イベントで出す、モツ煮を仕込んでいます



キキみたいな、かなめちゃん
陶芸家です

ラーメン屋じゃないです
陶芸家です

家政婦でもないです
私です
ムーアです
当日の日中

ライブ中
実は、てんやわんやなのと
ライブをすっかり楽しんでいたので
写真を撮るのを忘れる 笑

陶芸家です 笑
ライブ後、楽器を弾かせてもらっている
ずっと寝起き顔だったけど大丈夫?と言われたけど、
確かに寝起きのままでずっと過ごしていたが
写真を見ると、かなり内臓が悪そうな顔をしていた
ご指摘ありがとう
肌もひどかったし、変なむくみかたをしていたので
制作直後で相当疲れていたんだろうな
今回は制作中から体調が良好ではなかったからな

ただ、この手伝いは制作とは違うので
大変だったけど、とても楽しかった
(あまり役には立たなかったけど)

なにはともあれ、みなさまお疲れ様でした

超忙しい所に遊び行くと… saga-fukuoka-HASAMI 3

 
福岡の後に、波佐見にいる先輩の渉さんのところへ
 
波佐見ICまで迎えに来てくれた渉さんが、やせていて(すぐ気づくくらい)、
まさか…やはり、すごい忙しいのか…と、戦々恐々としていたら

そのまさかだった

ちなみに、家の近くの上り坂で軽トラが故障したので、
最後みんなで押していくという、しょっぱなから息が上がった状態でたどり着く


ここをライブ会場にしていくのだが
この段階ですでに当日まであと4日とか

この人たち(渉さんたち)は、電気の配線から水道、基礎(?)、増築など
ガス以外の全部のリノベーション(の度を越している)を自分たちでやっている

で、建設業者(玄人)が社員研修旅行で、見学にくるほどらしい・・・

ちなみに本職は、陶芸家です


二階(ロフト。この二階は無から作りました…すごい)に上がる階段を作っているカワノさん(奥)


作業は毎日深夜まで続く
お疲れさまです


私の3時間後くらいに救世主のかなめちゃんが関東から到着
(こっから上手い構図の写真はすべてかなめちゃん撮影です。ありがとう)



この段階の舞台はこんな感じです(二階から撮影)
助手のありちゃんの演目




カワノさんが階段を昨夜のうちに完成!!
本当にいい仕事です


舞台が変わっていきます

ガガガガガガガガッ・・・・
どこから、この椅子は現れたんだ・・・という感じの
少しレトロな映画館の椅子(ヤフオク)

それを搬入


おっ、いい感じじゃないの
舞台はこんなに雰囲気変わりました
(一階後部座席から)
 


足りないので椅子が増える
なんせ160人くらい来るので

何をそんな大掛かりに作っているのかというと
新工房(移設したので)のお披露目のイベント
中山うりのライブがあるんですよ
ちなみにこの段階ですでに1週間きってます
 

こんな不規則な重労働生活をいつからしているんだろうか・・・
すごいな、この人たち

深夜に嬉野の温泉へ
汗と埃と疲れを流しに

そして、深夜に豚骨ラーメンとぎょうざ 笑

 



・・・・・・・・・・・・・

・・・・陶芸家です