2022/05/16

十二国記について

 新作執筆発表からいつ出るのか毎年ホームページを確認して約4(たぶん)

来年こそはと煽るような毎年末の挨拶の更新に、もうこのまま出ないのかなと諦めかけた2018年。

年末に脱稿の知らせがあり、新刊読むまでは死ねぬと歓喜した割に、新刊が出たことに安心して、読んでいなかった。


とりあえず新刊を前に忘れている部分が多すぎるので、3月あたりから20数年ぶりに魔性の子から読み返していって、やっと新刊『白銀の墟 玄の月』の4冊も読み終わり、感無量です。

いや、短編も近い将来出るらしいし、まだ待つよ。


小野先生の描く十二国記のこれでもかというドS展開に、今回も読者の心をバキバキへし折ってくれたけど、このなかなか出ない新刊さえも放置プレイの一環に思えてくる。


十二国記は異世界ものだというと、嫌悪感を抱く人(十二国記好き)が多いと思うけど、ジャンルはそうなると思う。

そして、都合よく異世界に転生などできず、その異世界が極端に排他的にできていて異物は異物でしかなく、現実逃避やエゴや妄想など心の闇や弱さを曝け出させて叩き潰し、厨二病の読者の心ももれなくへし折っていく系の異世界ものだけどね

魔性の子なんて、完全にこっち側の人間とあっち側の人間を分けて、読者を含めこっち側の人間とは明らかに異質なものとして「高里要」を書いていたし、相容れないものとしてお互いが完全に訣別(拒絶)されている。


通して読み返してみると、忘れていた部分も多く、面白さは変わらないが、感じ方が少し変わった部分もあり、それも含めて面白かった。

十二国記はアニメ版も何度も見ているし、ラジオドラマ的なものも聴いているので、どちらかというとそっちの改変の方でストーリーを覚えているところもあったが、原作を改めて読み、アニメ版の賛否あったオリジナルストーリーの部分や構成・編集の妙などもよくわかる。

私は、あれはあれで好きだし、時代が大きく変わる部分(転章部分)の繋げ方がとてもうまく、何より楽俊の獣姿の可愛さは存分に出ていたので満足である。

あの愛くるしさを前にしても、「ねずみ」呼ばわりしているあの頃の陽子の心の荒みようがよくわかる


十二国記の話は、巻を追うごとに王や特別な人ではなく、ごく普通の民が物語の中心になっていく気がする。国のトップの首が挿げ替わろうが、天地が乱れ荒れようが、民には日常があり、それでも生きていかなければならない。国が太平になるに越したことはないが、不遇な時代でも投げることなく一生懸命地道に生き続けなければならず、結局、国の土台となるのは、特別に選ばれた誰かではなく、普通の市井の民であるというのが、語られている気がする。


神仙や妖魔が存在する異世界の話だが、基本的に市井の人々は我々と変わらない人間であり、社会との関わり方や宗教観、感情も類似しているため、現代の社会風刺としても読める。 

例えば道徳観、死生観、価値観や、制度(極刑など)に関して、政治や社会への関わり方、人間と自然との関係性、信仰、階級や差別、善悪、為政者や権力者の姿が、現代社会に重なるように寓話的に、あるいは間接的に描かれていると思う。


著者が、自身の疑問や社会批判を込めて書いたのではないかと感じる部分が多々ある。それは普遍的なテーマを扱ったりもするし、個人的で身近なものであったりもするので、心を物語に導きやすい。


コロナやテレビで流れる身近な戦争などここ数年の大きな出来事を受けて、そこで揺れ惑う大衆や社会に対する変化や疑問がまた新たな十二国記の中で物語として昇華していくのではないかと思った。


十二国記の世界では、子供が木(里木)に実ることから、腹に宿ることがないため自ずと生理がないことになる

王を選び支える麒麟は血の穢れを極端に嫌うが、生理がないことで女王も存在できていることに妙に納得した。(「戦争は女の顔をしていない」でも生理について書いた気が女でいることで一番煩わしいのが生理だと思うので。)

性別は体格だけの差のようなので、女性も将軍になるし、官吏にもなれる。

国から享受されるものも、供与する責任も、性別の差はなく対等である。

遺伝子上の繋がりはないから子は親に容姿が似ていなくて当然であり、一般的な家業の跡取りは可能だが、王族は存在しなく、王のみは一代の御代で財産も地位も寿命さえも継承はできず、また王になった時点で未婚であれば、婚姻も子も授かることができなくなる。つまり王は、天の所有物になり、右も左も分からないのに天啓を押してつけられたら王になることを断ることはできず、道を失ったと天意が下れば理由もわからず命も奪われる。王が一番理不尽な境遇な気がする。


このように天や神の存在が、ここより明確で有形であり、実在するがゆえに(一般の民には感覚的に形而上の存在であるがそれゆえに民は自分の人生に対して健気で従順である)その存在を知り得るものはその意志の曖昧さに疑問を抱き、挑みたくなるのではないかと思う。

十二国記の長編は一貫して、この天意というものに良くも悪くも挑み続ける人間の話な気がする。

そしてこちら側の宗教と違って天界や神の救済は死後世界の話ではなく、同じ世に天界が存在しているのだから現世こそ救われるべき対象となる、また神の采配によって国や生活や人の運までもが明らかに変わる。そんな世の中だったら、不遇であれば明らかに天意の曖昧さに業を煮やすか、もしくは生きていることに馬鹿らしくなり投げやりになってもおかしくない。


で、読んでいくうちにだんだんと、小野先生自身が自分が作り上げた十二国記の国の仕組み(ことわり)に憤りを感じて、矛盾や曖昧さを登場人物を使って自分(天帝)に対して挑んでいるんじゃないかとさえ思えてきてしまった。


少年少女向けの華やかな王道のファンタジーだと思って読んだら、政治や思想が色濃い重厚で一見地味な話に感じるかも知れないが、だからこそ面白い。短編集の『丕緒の鳥』は今回読み返して、このテーマを十二国記でやるかと、このシリーズの面白さを再確認した。


話したいことは山ほどあるが、ネタバレしたくないので、この辺で。


小野先生は体調が万全ではないとのことだが、長年の読者の大きな期待を一身に背負い、魔性の子から始まった話がここまで壮大で重厚な世界観で堂々幕を閉じたのも凄まじく、その大変さは計り知れない。もう十二国記は描きたくないってならないで欲しいと願うばかりである。

魔性の子で意図的に極端に抑えられた感情描写しかされず最終章までほとんど何を考えているかわからなかった根暗で不気味な少年(高里)が、20数年(物語時間だと6年くらい)の時を超え、こちらまで苦しくなる傷を抱えて痛みと共に、圧倒的な自我を発露させてくるところに、カタルシスを感じるのも、長年の読者の醍醐味である。


で、遅れて読んだから、読者特典の短編を手にいれてないので、近い将来に出版の確約のある短編がでるそうだから、また新刊を待ちます。

多分、十二国記ファンはみんな待つのに慣れているし。



話は変わるが、綾辻行人先生のモルカーTwitterが面白すぎて、奥様の小野不由美先生がお仕事の気晴らしにお手製でプイプイを作っているらしく、その種類がどんどん増えていってて、なんか微笑ましい。というか器用すぎる…そして面白すぎる。

仲良しの法月さんが発端らしいが、京極さん、有栖川さんにも侵食してて面白いみんなホラー・ミステリー作家の大御所だけど、なぜにモルカー










2022/05/06

5月のグループ展




 

小品展


もえぎ城内坂店  ギャラリー M's
2022年5月14日(土曜日) から 5月26日(木曜日)
10時から18時(最終日は17時まで)


もえぎ城内坂店
321-4218
栃木県芳賀郡益子町城内坂150
0285(72)6003
営業時間:10時から18時
金曜日不定休


https://mashiko-moegi.com/gallery.php?exhid=1217


相変わらず、ギリギリで制作中



2022/04/24

桜陶祭2022、当日(4/2〜3)

 陶器市とは違って、時期と期間もあって、どちらかというと近県の人が多い印象だけど、お天気にも恵まれて、2日目など2000人くらいは来たと思う。

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2日目は、飲食系のブースに行列ができていた。
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桜と陶器を楽しむ祭

ながせ陶房の敷地内では、渉さんの作品以外に陶器市などでお馴染みメンバーがブースを出している

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渉さんのインスタより

店主はポテチとランチパックの生パスタ化についてのみ熱く語ってくるが、客には確実に美味しいものを出してくれる波佐見の胃袋Arbre-monde(アルブルモンド)
渉さんの希望により山形名物の玉こんにゃく製造機を導入したら今や波佐見での通称「たまこん」こと佐世保の井手こんにゃく
そのぎの強烈すぎる個性が集まってしまったマモとママのトリオ花屋みどりぶ
そのぎセブンのイレブン率いてのモリッソ代表と泳ぐクジラ焼きchanokoカーのくじらの髭
ラッパーRAITAのイケイケどんどんの会社スチームシップの玉コンルーレット担当部署から出来る若人たち

そして、もちろん個々のブースがなくとも心優しきお手伝いのいつものメンツが、楽しみながら顔を出してくれていた。

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このLikeというふるさと納税の冊子を出してるところがスチームシップですが、
今年度の表紙は、渉さんのウロボロス窯と、地域密着モデルのこはるちゃん。

去年の後半くらいからコロナ自粛の反動をすごく感じる。
多くの人が、イベントや買い物をものすごく楽しみにしていたんだなと思った。
お客さんも、みんなニコニコ楽しそうで久しぶりの再会に、いつも以上に喜んでいる印象だった。

↑私が、先輩風を吹かせて、キンキン(10歳以上後輩)をいびっている図。笑


なんかこの時期の九州の気温がよくわからなくて、毎回、防寒対策しないで行くので、ケーコさん(渉さんの奥さんで私の先輩)に防寒着を沢山借りて、毎度のことながらモコモコしている気がする…笑 ケーコさん、いつもありがとうございます‼︎

↓期間中、ずっと同じ格好しているから、私と渉さんだけ見ていると日にち感覚がない…


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モンネ・トープス(taupes→フランス語でモグラ)
渉さんの小品中心ラインナップを取り揃えたお店
通常時も営業しています
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モンネ・トープスで店番中。
海ちゃん作の恐竜たち越しに、
お腹減ったなぁ〜
小田原の大工センガくん(右手前)が暇そうにしているなぁ〜
と思って撮った写真

というわけで、いつものごとく接客と店番しかしていないので、何も見に行ったりしていないですが、引きこもりの私には、ひさびさのイベント参加や人に関わっているだけで楽しかったりします。

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作陶場と窯場とギャラリーと厨房と劇場スペースのある夢の工房
ちなみにLive中
渉さん(G)、キンキン(V)、TK大野(音響)
皆さん、多彩である
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みどりぶー
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いでこーん
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父娘で地元ケーブルテレビの取材
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ガチャガチャ補充をこはるちゃんにやらせるの図
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1日目の祭の後
(左に、ガチャガチャとこはるちゃん)
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2日目の祭の締めの円陣
なんかイベントに参加した仲間って感じするぜ!
と、非リア充の私は1人ソワソワしていたけど、
ほとんど同じところにしかいなかったから、
2日目終わっても、全く知らない人も結構いました…すみません。

20代〜40代が主軸になって面白いこと新しいことが生まれていく場所

その中心にいる渉さんの締めの挨拶を聞いて、そこで基盤を持つ人たちに眩しさと羨ましさを感じる

ここにいると自然と、
内輪だけで盛り上がることのカッコ悪さを知れて
全世代を巻き込み地域や人と関わることの楽しさを覚えていく

遊び場は自分たちで作っていく

良い環境だな

自分の無味な日々から比べると気後れしてしまうが、ここに来るとちょっとだけ自分も混ざれた気分になるから嬉しい 笑

お疲れ様です