2018/12/07

①ポーランドへ行く(2018/6月)


ドイツに行ったついでに、どこへ行こうか考えていた。
まだ行っていないベルリンに行こうかなと思い、地図を見ていたらすぐ隣がポーランドであることに気が付いた。
いつかは行こうと思っていたアウシュヴィッツが頭をよぎり、ポーランドにも寄ろうかな…と思ったのが、出国5日前。
アウシュビッツへ行ったことがある人に聞いてみたら、行くなら、日本人のガイドさんを付けるべきだよと強く勧められる。
公認の日本人ガイドって、一人しかいないのか…ネットで調べていたら中谷剛さんがヒットした。
地球の歩き方などガイドブックにも名前が出ている方で、テレビなどでも何度も取材されているようだった。
きっと予約は取れないんだろうなと思いながら、ノープラン状態だったが、一応連絡をしてみることにした。
中谷剛さんです。(HISから写真転用)
ポーランドに滞在できるのは、3週間後くらいから、約10日間とだいたいあたりをつけて、ネットから見つけた個人宛の連絡先にメールを出してみる。
羽田−フランクフルト間のフライトチケットしか買っていない状態だったし、ネットには、返信が2週間以上はかかるみたいなことが書いてあった。
急に3週間後のガイド依頼はさすがに無理だろうし、ダメなら今回はポーランドは諦めて、ベルリンに行こうかとも考えていた。
が、驚いたことに送信した5分後くらいに返信があった。
あまりに返信が早く、しかもすごく丁寧な文面だったため、本当にご本人なのか、半信半疑になるくらいだった。
明々後日に出国予定で、実質2日間でヨーロッパ国内線や安くて楽なルートを、今しがた決まったガイドの約束の日時を起点に急いでザックリ計画を立てはじめる。
本当は、行ってその時々に宿や目的地を決めて気の向くままに回る方が楽なのだが、約束がある場合は、他人に迷惑をかけるのでそうもいかない。
アウシュビッツに1番近い都市Krakówには前日までには入っていないと約束に間に合わない。
ポーランドは、広い。それに、見所もたくさんある、図書館で借りたガイドブックとネットを見比べながら、行けそうな都市部をチェックする。 
荷物だって作らないといけない。
これを出発前々日に全てこなすのだから、無計画にも程がある。
しかもKrakówでは、Jewish festivalと日程がドンピシャで重なる…宿がちゃんととれるかな…と不安になる。
しかし、インターネットという、便利なものができて、本当に旅が楽になったと思う。
言葉の通じない場所も、地球の裏側も、リアルタイムでフリーで連絡できて、電話を使わずにカタコトの言語でも個人で予約が簡単に取れる。
wifiの有無はあるが、インターネットが普及してからしか一人旅をしていないけれど、ネットのない時代の旅は完全なる冒険だったのだろうなと思う。
仮想世界は、日々狭くなる一方だ。

2018/12/04

その夜の電車は、

その夜の電車は、ラッシュではなかったが、空いているつり革がなかなか見つからないくらいには混んでいた。
下りの快速電車に乗っていたので、都内を出た後は、停車駅の間合いは長かった。
つり革がないので、仕方なく扉の近くの手すりのそばに立つことにして、鞄の中から文庫本を出した。

しばらく乗っていると、
すぐ近くに少しずんぐりとした丸顔で人の良さそうな顔の40代くらい背広姿のサラリーマンと彼より少し若い印象の同僚らしい男が扉の方に顔を向けながら話しているのに気がついた。
40代くらいの男が、

―この間、親父が死んで、田舎に帰っていたんですよ。

と、何気無いかんじに切り出した。
若い方は、少し気まずそうに、

―それは…

とお悔やみの言葉を言おうとして、40男がそれを遮るように、続けた。

―いやね、親父と言っても、ウチは子供の頃に離婚していたから、もうだいぶ会ってなかったんですけどね。だから、顔もあまり覚えてなくて、親父が死んだからと実感もわかなくてね。葬式を済ませた後に、すずめの涙ほどの金額だが遺産という形でいくらか受け取ったりしてね。

若い同僚は、返す言葉に迷ったらしく、ただ曖昧に相づちをうった。
話はそこでひと段落するかと思ったのだが、40男は、聞き手を気にするでもなく、一人語りの様にとつとつと続きを話し始めた。

――

彼の田舎は、山に囲まれた小さな村落で、交通も不便なので、日帰りも出来ずに、仕方なく父親の生家に泊まらせてもらうことになった。
田舎の家だけあり、家はだだっ広い平屋で、客用布団もたくさんあったので、泊まることには問題はなかったが、なにせ馴染みのない家や親戚だったので、葬儀の間も少し居づらい気がしていた。
父親は、彼の母親と離婚した後は、仕事を辞めて実家に戻り、稼業の農家を継ぎ、そのまま生涯独り身だったらしい、彼の祖父母は十数年前にすでに他界していたが、その家には父親以外に父親の妹にあたる叔母さんも一緒に住んでいたという。
自分は父にとっては、血のつながる唯一の子供であり、葬式くらいには顔を出す義理もあるので、遺産までオマケが付くとは思わなかったが、これがその土地に行くのも最初で最後だと思い、はるばる足を伸ばしたのであった。

数十年ぶりにみた横たわる父の顔は、自分に似ている気がして、余計に居づらさを感じ、小さく手を合わせてそそくさと席に戻ったが、父の妹にあたる叔母さんは、彼の参列に、何度も頭を下げて感謝をしていた。
その姿もまた、彼を居づらくさせた。

その叔母さんは、とても小柄な人だった。
背丈は、150㎝そこそこだが、痩せているせいか、元々の骨格が細いのか、とにかく小さな印象を受けた。
喪服の黒も、小ささを余計に強調させた。
そして、彼女の小さな耳には小さな補聴器がついていた。
火葬を済ませた遺骨の入った骨壷を恭しく抱えた小さな叔母がひどく貧弱にみえて、物悲しくなった。



電車が駅に停まり、ドアの前にいた2人の男は、少し横に移動して、数人の往来をやり過ごした。
また、ドアが閉まったところで、2人は定位置であるかのように、同じ場所に戻った。
40男は、ふいに声を潜めたようにして軽く口を片手で覆いながら言った。

―そこの土地は少し変わった風習があるんですよ。いや、私もその時に初めて知ったんですけどね。

と、ここで一層声を潜めて、

―"                    "ってご存知ですか?

と、同僚の男に聞いた。
聞きなれない音と声の小ささで、肝心なその言葉をよく聞き取ることができなかったが、どうやら、何かのモノの名称のような雰囲気だった。
同僚の男は、少し怪訝な顔をしてから首をふり、なんですか、それ、と答えた。
40男は、小さく何度かうなづくと、また普通のトーンで話し始めた。

――

火葬後、参列者で少しだけ飲み食いしたが、叔母は、その間もずっと小さな体全体でしがみつくように骨壷を抱えていた。
小さな村には、火葬場はなかったため山を超えて少し離れた小さな街に来ていた。
近所で出し合った車に乗り合いながら帰途についたが、村の入り口に着く頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
葬儀に出払った集落は、ひどく暗く、廃村したかのように見え、道の悪さにガタガタと揺られるたびに、車のライトが上下して、畑の間に、時折、真っ暗な家が大きな岩のようにヌッと現れた。
カーラジオのナイター中継を小さく聴きながら、言葉少なく家に着く間、叔母の腕の中で、骨壷だけが暗闇に白くぼんやりと浮かび上がっていた。

車を家の前で降り、お礼を告げ、外灯の消え静まり返った家へ、叔母と二人で帰ってきた。
家を出るときは、外がまだ明るく、参列した人や近所の手伝いの人もいたし、父もまだ人の形をしていた。
玄関の電気をつけても、廊下の先から静けさが闇とともに押し寄せて来るみたいで、家中の電気をつけたかったが、叔母は、まるでいつもの癖のように最低限の部屋にしか電気を点けずに、仏間に蛍光灯が瞬いた。
叔母は骨壺を祭壇におくではなく、座卓の上に置き、うやうやしく骨壷を開け始めた。
ギョッとして、声をかけると、叔母は少しきょとんとしてから、合点したのか、訛りの強い言葉で説明し始めた。

どうやら、この土地特有の風習で骨(主に喉仏)から最後の言葉を"聴く"のだという。
しかも、それを聴けるのは、一番近い家族だけだという。
にわかに信じられないが、
叔母は、何か特別な所作があるのか、何度かブツブツと口の中でお経のようなものを唱えはじめた。
そして、小さな耳から、補聴器をとり、
恭しく骨を取り出し、白いハンカチの上にのせて、まるで浜辺で貝殻から海の音を聞くように、小さな耳にそれを押し当てた。

叔母は、目をつぶり、静かになった。

一瞬の静寂の後、急に外の虫の音が、大きくなった気がした。
叔母から目が離せずに、金縛りのように動けずにいた。
耳だけが、やたらと敏感になっていた。
叔母は、寝ているように、いや、息すらしていないように、ピクリとも動かなかった。

何分たったか、(数十分たっていたかもしれないが、)耳鳴りか虫の音かわからないところに、突如、仏間の柱時計がボーンと大きな音を立てた。
驚いて体がビクリと動いてしまう。
すると、叔母もそれで、我に返ったように、フーっと息を吐き出した。
その息を合図に部屋の空気がまた、動き始めたように感じた。




また電車が駅に着いた。今度は、逆のドアが開いた。
話が途切れ、乗り降りする人を見ている40男に、もう1人が、

―それで、何か聞こえたのですか?

っと続きを促すように尋ねた。
乗車口を見ていたはずの40男は、私の方へ目を移す。
目が合ってしまい、私は焦ってすぐに視線を本に戻す。
視線がなくなった気がして、すぐにまた、40男は話はじめた。

―…………がとう…って

―え?

―ありがとうって言っていたそうです。でも、それにしては長かった。
たぶん、それ以外も何かあったのでしょうね…でも、きっと僕が知るようなことではなかったんでしょう。
連絡はおろか、親父の顔も覚えてなかったんですから…たぶん、そのありがとうっていうのも、その晩、叔母を1人にしないでくれてありがとうって意味だとも思いました。
…ひねくれているように聞こえるでしょ。
でも、仕方ないんですよね、親に対してなんてそんなもんですよね…死に顔見るまで、親なんて思ったこともなかったのに。
叔母は、大切に骨を外して、また骨壷に戻してから、静かに泣いていました。


連れの男は、好奇心で急かしたことにバツの悪そうな顔をして黙っていた。
少し沈黙した後、40男がポツリと言った。

―でも、やっぱり悔しかったんですよ。一応、血を分けたたった一人の息子でしょ。死んだ後だって、なんか聞きたかった。
だから、夜中に起きて、自分も聞いてみようと思ったんですよ。
お包みを開けて、骨壷の蓋をそっとあけると、乾ききった珊瑚のようにカラカラの白い骨が詰まっていました。
その一番上に喉仏はありました。
知っていますか?喉仏って本当に仏さまが手を合わせてるみたいな形をしているんですよ。
脆くすぐ砕けてしまいそうに見えるその骨を摘んで、耳に押し当ててみたんです。

…でも、何にも聞こえなかった。
骨壷の口にも、耳を当てましたが、カサリと崩れる音がしただけだった。
なんだか無性に疎外感を覚えてしまいました。
…帰路の電車の中でずっと考えたんですけどね、あれは、叔母の単なる冗談かもしれないと。
そう、ふと思ったら、なんだか笑えてきましたよ。
だってそのあと、いろいろ調べたけどそんな風習は聞いたこともないですしね。
それに、叔母は補聴器を外した耳で聞いていたのですから。


と、悲しそうに笑った。

2018/11/29

展示のお知らせ

東北芸術工科大学の陶芸コース卒業生のグループ展を代官山でするそうです
声を掛けてもらったので、数点出します
たぶん結構卒業したての若い子が多い感じなのかな(私以外)




「やうやう」
2018年12月12日(水)~12月17日(月)
初日12日 open 14:00~
12:00~18:00
最終日 16:00まで

15日(土)17:00~ レセプション

Gallery 子の星
(代官山)


〒150-0034 東京都渋谷区代官山町13-8
キャッスルマンション113



東急東横線 代官山駅北口渋谷側歩道橋を降りて徒歩4分

JR 恵比寿駅西口・東京メトロ 恵比寿駅2番出口より徒歩10分

JR 渋谷駅西口・東口より徒歩約15分



2018/10/24

コクチ→白井の『ちえのわ』(千葉)にてグループ展


「秋のつどい展」
2018年11月8日(木)~11月13日(火)
午前11:30~午後6:00

※動物フレンドリーなので、ペット同伴で大歓迎です。

「ちえのわ」
(友人のママのギャラリーです)
〒270-1415
千葉県白井市清戸770

白井にある友達のママのギャラリー『ちえのわ』のグループ展に作品を少し出します。
小品ばかりですが、普段あまり出さないような作品が多いので、お楽しみください。
他の作家の方も、オーナーのママが目を付けただけあって、個性豊かな作家ばかりです。

ご興味があれば、是非といいたいところですが、
車が無いと不便な場所なので、お車でのお越しをお薦めいたします。

ちなみに、白井は少しカントリーサイドとなりますが、車でサクッと回れる範囲では面白い場所や、美味しいお店、こだわりのお店などありますので、秋の行楽にお越しください。
今流行りのフォトジェニックな場所もたくさんあります。
ちなみにカントリーサイドだけあって、新鮮な野菜も、(ちえのわにもありますが、)道端や軒先の無人販売や近くにJAなどもありますので、お帰りの際は、農作物のお買い物もお忘れなく。

そしてこの期間は白井ギャラリーウォーク期間になるので、白井市内の他のギャラリーでも展示会があるそうです。

なんだか、ぼーっとしていたら、ポーランド旅行記も書かずに、8月から更新していなかった事に気づいた…

××××××××

「ちえのわ」とは

動物と人が集い楽しめる
友人のママのギャラリー(動物の保護施設併設予定)です

詳しくは
↓↓


〒270-1415
千葉県白井市清戸770




2018/08/07

村上さんの35歳問題と冒険者たち

さて、また前回の続きだが、
轆轤をしながら、いつもの国際政治解説(ネット)を見ていたら、韓国経済学者の浅羽先生が話題にしていた村上春樹がこだわっていた”35歳問題”。
気になり調べてみると、…あったな、そんな話。
35歳より半分以下の歳で読んだ村上春樹の短編”プールサイド”に出てきていた。人生の折り返し地点を認識した中年の悲哀に、何だかわからずも胃に強い圧迫を感じた遠い記憶がよみがえる。(いや、相変わらず話の内容はあまり覚えてないのですが…やれやれ)
”35歳になった春、彼は自分が既に人生の折りかえし点を曲がってしまったことを確認した”(文中より)
“プールサイド”に出てくる”彼”は、やりがいのある仕事、社会的地位、高い収入、美しい妻、健康な肉体、かっこいい車、若い恋人…公私共に順風満帆な生活を送る元水泳選手。
彼は、35歳をプールで言う所のターンする地点、つまりは人生の折り返し地点と決めていた。
そして、全てを手に入れている35歳の誕生日を迎えた日曜日の朝、アイロンがけをする5歳下の妻を見て、ラジオから流れるビリー・ジョエルの唄を聞きながら何故か10分間だけ涙する。
”もし水泳競技にターンがなく、距離表示もなかったとしたら、400メートルを全力で泳ぎきるという作業は救いのない暗黒の地獄であるにちがいない。ターンがあればこそ彼はその400メートルをふたつの部分に区切ることができるのだ。<これで少なくとも半分は済んだ>と彼は思う。次にその200をまた半分に区切る。<これで3/4は済んだ>。そしてまた半分・・・・・。という具合に長い道のりはどんどん細分化されていく。距離の細分化にあわせて、意志もまた細分化される。つまり<とにかくこの次の5メートルを泳いでしまおう>ということだ。(中略)そのように考えればこそ、彼は水の中であるときは嘔吐し、肉を痙攣させながらも最後の50メートルを全力で泳ぎきることができたのだ。”(文中より)
村上さんがこの短編を連載していたのは34歳くらいの時だと思う。
概要はわかったし、なんとなく覚えている。それに、この短編を話題にしている人が多い(検索すればすぐに出る)。だけど、この”10分間の涙”の詳細な訳がはっきり思い出せない。(私が話の内容を覚えていないから悪いのだけれど…)
『老い』という抗しがたい力への不安からとか、すべてを手に入れ、これ以上何を求めるべきか分からなくなったから泣いたとか…
浅羽先生が、話題にしたのはたしか、35歳を過ぎたあたりで『できたかもしれなかった』という仮定法過去の総和が、『過去の記憶や未来の夢(直説法過去・直説法未来)』の総和を上回ることで悩ませだすという人生観の問題を言っていた。どんな成功を収めている人間であっても、人は過去の亡霊(タラレバの世界)に捕われて生きていくことになるという。
これは、臨床心理用語にある『ミッドライフ・クライシス(中年の危機)』の事だと思う。
別の名で『中年ブルー/中年の思春期』…仮定法過去の亡霊以外にも、たとえば今まで価値があったものに対して価値を見いだせなくなったり、今までの生き方に関心を失い始めたり、あるいは、突然、原因不明の身体的症状に悩まされたりすることで起こる。
しかも30代~40代(50代)において半数以上の人が多かれ少なかれ経験しているという。ひどいと鬱病やアルコールやドラッグ、セックスなどの依存症になったりもする。
非常にわかりやすい特徴があったのでここに引用しておく(男性だけで申し訳ないが…)
男性は、急にジムに通いはじめて体を鍛える、若い女性との不倫や遊び相手を探す、といった性的な行動に走りやすい傾向が高い。
また、以下のような症状も『ミッドライフ・クライシス』にあてはまるらしい
・アンチエイジングに興味をもつ、髪型を頻繁に変える
・転職や起業、独立を考えている
・新しいスポーツや珍しい競技をはじめる
・海外に滞在したいと考える
・最新のガジェットを常に追いかける
・同窓会や社会人サークルを主催するようになった
・Facebook、Twitterを始めた
村上さんは同じように、”遠い太鼓”というエッセイで
”40歳というのはひとつの大きな転換点であって、それは何かを取り、何かをあとに置いていくことなのだ、と。そして、その精神的な組み換えが終わってしまったあとでは、好むと好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできない。(中略)それは前にしか進まない歯車なのだ。僕は漠然とそう感じていた。(中略)だからこそそうなるまえに、――僕の中で精神的な組み換えが行われてしまう前に――、何かひとつ仕事をして残しておきたかった”(文中より)
34歳から始まった『ミッドライフ・クライシス』に蹴りをつける形で、37歳でヨーロッパ移住を思い至り、そこで”ノルウェイの森”を書き上げるという、お手本のような人生を送っている。
英ガーディアンや米ワシントンポストによると、他の年代よりも、『ミッドライフ・クライシス』の年代の人たちの幸福度と満足度が低いことを報じている。生活満足度と年齢の関係を示す下記のグラフはU字曲線を描いている。これは、ゴリラ、チンパンジー、オランウータンなどの大型類人猿でも同様のU字曲線になっているという。
↑『51カ国(欧米)の無作為で選んだ130万人を対象に約20歳~90歳までの心理的幸福感を7つのデータセットをもとに調査したグラフ(The Washington Postより)』
欧米男性の『ミッドライフ・クライシス』的三大症状を挙げると、2シーターのスポーツカー、オートバイ、愛人(離婚に発展する場合も)らしい。ちなみに村上さんの車も2シーターのオープンカーだそう。
『ミッドライフ・クライシス』について、ポジティブな記述もネットにあった。
“この時期に問題や症状が生じたら、それは新しい自己実現のための病だと考えられるのです。これに直面しないでいる限り、その問題なり症状なりに、悩まされ続けることになりますが、勇気を持って立ち向かい、これを乗り越えると、それは新しい可能性や創造性への飛躍につながります。したがって、「中年の危機」は意義深い停滞と言えますし、またこの危機はきわめて「正常」なものであるとさえ言えます。
ユングが1929年に研究所での講義中に次のように言った記録が残っています。「年をとれば、自分自身や世界などの両義性を知ることがきわめて重要になってきます。疑うことは知恵の始まりです。人生の価値を疑い始めることはきわめて重要であり、そうして世界の錯綜から自らを解放することができるようになるのです。若い人たちは疑いの中で生きることができません。人生に対して深刻な疑いをもてば、世界に入っていけなくなります。しかし成熟した人は世界からもっと分離すべきです。人生の半ばをすぎれば、それは完全に正常なことです。」
エレンベルガーという精神科医は、フロイトやユングなどの深層心理学者の人生を調べ、「創造の病(creative illness)」という考えを提唱しました。偉大な創造的な仕事をした人は、中年において重い病的体験をし、それを克服した後に創造活動が展開されるというのです。この考えは、他の学者によっても多くの跡づけがなされ、中年における身体的病気や思いがけない事件などもそのような意味を持つことが明らかにされました。
この「危機」を乗り越えようとする過程で多くの人が体験することのイメージとして、「夜の海の航海(night sea journey)」があります。心が暗闇の中にあって、出口の光が見えず長らく低迷する状態です。しかし、航海がそうであるように、いつかは闇の世界から脱出する時が来ます。”(“分析心理ドットコム”より)
それに、ウォールストリートジャーナルでは、”中年時の心理的不安は現実とはならない場合の方が多いことを示す調査結果が増えている。”と報じている。”マサチューセッツ大学アマースト校で1965年から2006年までの大卒者450人以上を調査しているクロース・ホィットバーン教授(心理学)は「ミッドライフ・クライシスはよく言われることだが、それを裏付ける証拠はあまりないのが実態だ」と話す。”また、”コーネル大学(ニューヨーク州イサカ)のエレイン・ウェジントン教授(社会心理学)によると、当初の研究では、ミッドライフ・クライシスは成人の心理発展過程における予期できる1つの段階としてとらえられたが、人口バランスを考慮したグループを対象にした最近の研究は、その見方を大方否定するものになったという。”
↑「自分は幸せだ」と応えた米国人の比率、年齢別(The Wall Street Journalより)
ブランダイス大学のマージ―・ラフマン心理学教授の調査によると”人生は40代半ばから良くなる”という、”40代から60代の人間は「若い人間に比べて日々のストレスを上手く管理する手立てと経験を持っている」”ので、”「対応能力のチャンピオン世代だ」”であるため、”人生の満足度は40代から50代にかけて急上昇し、さらに50代から60代にかけ再び上昇する。”のだそうだ。
”「新たな自由と可能性」”がある”中年は「人生の驚くほどの前向きな時間だ」”と締めている。
“プールサイド”を読んでから20年近くたって、実際、その歳になっても、何も感じなかった。
平均値にすら至ってないからなのか、燃え尽き症候群になることもないのかもしれない。それに、我々の世代は逆に、折り返す前の方がずっと生きづらかった人の方が多いのではないのかな。
老婆心で、いま生きづらいと感じている若い人に会うと、大丈夫だよ、少なくとも30代は、今よりずっと楽になるからと言いたくなる。
欧米と日本は少し違うと思う。例えば、平成20年度の『国民生活白書』(下記のグラフ)によると、”(日本での)推計ではU字型にはなっておらず、67歳を底にして79歳にかけて幸福度はほとんど高まらないL字に近い形状を取っており、アメリカの結果と比べても我が国は特異と言える。”らしい。
でもこれも、時代背景や世代によってずいぶん違うと思う。今は、もしかしたら山型になっているかもしれないし…
それにはじめに添付したワシントンポストの幸福度U字曲線グラフも、2015年のガーディアンの記事によれば、すべての国に当てはまるものではなく、”旧ソ連や東欧諸国(アルバニア、ブルガリア、リトアニア、ロシアなど)では、子供の幸福は西よりも著しく低く、年齢とともに着実に低下しているし、ラテンアメリカとカリブ海での生活満足度は、幼い頃はかなり高く(西よりも低いが)、そこから再び悪化するし、アンゴラ、カメルーン、エチオピアなどのサハラ以南のアフリカ諸国では、人生全般にわたって低いままだという。”
なんか、すごく長くなってしまったな…。こういうところが、オタク傾向が強いんだろうな…。
35歳問題というものは、まだわからないが、年齢的な区切りはなんとなくある気がする。例えば、24歳とか32歳とか、自分の感覚の変化に戸惑った記憶がある(いや、戸惑ったなんて生易しいものではなく、愕然とした)。日本人だと、精神的にも肉体的にも変化があるのが、だいたい厄年になるというのもよく聞く。
浅羽先生が、イズムィコ先生(35)にその話題をふった時に”フリーランス、40歳の壁”という本の話をしていた…それも、『ミッドライフ・クライシス』にあたるんだろうし、女性だと更年期障害もその一部に入るのだろうな。それを思うと、上手に乗り切った村上さん(69)をお手本にしたら、一番いいのではないだろうか。
村上春樹といえば、面白い漫画のツイートを見つけた。
第一弾~第三弾まであります↓↓




5日に、TOKYO-FMで『村上RADIO』なる村上春樹がラジオDJをする番組があった。radikoのタイムフリー機能で、昨日、聞いていたのだが、走るのによい音楽をいくつか選曲していた。
”走るときに適した音楽は何かというと「むずしい音楽はだめ」ということですよね。リズムが途中で変わるとすごく走りにくいから一貫したリズムで、できればシンプルなリズムのほうがいい。メロディがすらっと口ずさめて、できることなら勇気を分け与えてくれるような音楽が理想的です。たとえば、そう、こういうのを聴いてみてください。【選曲♪Brian Wilson”Heigh-Ho / Whistle While You Work / Yo Ho (A Pirate's Life for Me)”】”(村上RADIOより)
それを聴いて、モンクをiPodで聴きながら島でペンキ塗りをしていたことを思い出した。ペンキ塗りとJAZZもなかなか相性がいい。走るのと似ているのかな。まだ来ぬ『ミッドライフ・クライシス』予防に走ろうかな。。。いや、ペンキを塗ろうかな。
どうでもいいけど、村上春樹の小説には、ユング的な思想がしょっちゅう出てくる気がする。興味を持て学んだこともないのでユングを否定も肯定もしないが、少なくともユングもフロイトもアドラーも真偽のほどはわからないが多くの人が関心を持つことで、行動様式の総体にはなりうると思う。マインドコントロールに近いけど。

2018/07/28

闇深きクーポン問題と春樹の35歳問題

前回の続きになるのだけど、
私が見ていた婚活ブログ(男性)のURLを教えたら、友人がそのブログにはまっていた…
細かい心理描写など書きつつも、文章が淡々としていて読みやすいので、ついつい読んでしまうのはわかるが、メンタルが強くないと読み続けられないと思う。
彼(ブログ主)について、ブログを引用しつつ議論していたのだが…(暇人です)
その1つにこんなくだりがあった。
俗に言う、クーポン問題である。
繊細な日本人が若かりし頃に(中年でも?)一度はぶち当たるこの問題。
はっきりと言いますが、
こんなことをネチネチ考えているのは、日本人くらいです。
イギリス人とかカナダ人とか、みんな積極的に使っています。
そもそも、(写真内の文中にもあるが)日本での、クーポンとマイレージのカースト的な格差もそうだが、有色カード優待は、むしろ神聖視されている。
すべては、バブル世代の見栄が見せる幻想です。
あと、”クーポン”って名前が良くないと思う。
そもそも”coupon”は、フランス語から由来するらしく、英語の発音もほぼ同じである。
しかし、カタカナの字面と日本語発音だと、明らかに半濁音がチープ感を漂わせている。
例えば、濁音に変えて英語っぽく”キューボン”とかにしてみただけで、一気に高級感が出るんじゃなかろうか。(今思ったけど…なんかキルフェボンっぽい…)
とはいえ、
1つだけ言えるのは、いろんな価値観の人がいるので、
もし、スマートな自分を演出したいならクーポンは控える(もしくは気づかせない)のが無難なんだろう…
(※もっとも面倒くさい年代である35歳〜45歳くらいの女性が相手の場合は、特に。)
たまたまネットニュースを見ていたら、偶然見つけたのだが、
もし婚活の参考にするならば、彼のブログより、こちらの方がずっと参考になるんじゃないかと思う

Web版 AERA の記事…(完全なるオヤジジャーナルっぽい)
木嶋佳苗被告「男たらし」の超絶テク(上)
 (上・中・下と続く…)
この記事内で検証コメントしている人の謎セレクション…
…”全国童貞連合会長”って、初めて聞いたよ…どこから見つけてくるのだろうか、
… “太め女性恋愛応援カウンセラー”とかさ…
あと、”出会い系サイトで働いた経験のある女性”ってサラッと書いてあるけど、完全にサクラさんのことですよね…

ツッコミどころ満載だけど、内容を読んでみると、
やはり、先日の70歳の詐欺師より、ずっと上手の木嶋被告の応対は、同性の私でもグッとくる。
あと、1つ気になるのが…
罪は償うべきだと思うが、ネット上での彼女の外見に対する攻撃的でネガティブな発言が目立つ。
所謂美人ではないが、ネット上にあるポーズした写真など、タイプではないが普通に綺麗だと思う。
逮捕時の写真を見て、他人がどうこう言うのはお門違いな気がするし、
それこそ私のパスポートの写真なんか、凶悪犯にしか見えない上に、ポーズしても子供にしか見えない。
もう10年近く前の事件で、今はもう死刑判決が確定しているが、獄中でさえ結婚と離婚、そして再婚までしていて、今は木嶋という姓ですらない…もうこれは本当にすごいと思う。
しかしこの事件で私が一番印象に残っているのが、練炭殺人や婚活詐欺ではなくて、”ル・クルーゼ”なんだけどね…
マスコミのせい(?)で一時期、家にあるル・クルーゼを見るたびに彼女が連想させられ、しかも、ル・クルーゼは、鍋自体が結構重いので、これも鈍器になるよな…とか考えてしまうほどだった。
またこの事件は、状況証拠だけで死刑判決が出た裁判としても有名だが、最近の死刑執行に疑問が残る分、後味が悪くもあるのだけど…
どうでもいいが、詐欺師の方々は、純粋で誠実な人を騙さないで、悪い人をカモにしてください、ホワイトハッカーみたいに。
あ、35歳問題について書こうと思ったら、木嶋事件を書きすぎてしまった…
タイトル詐欺みたいですが、35歳問題は後で書きます。(たぶん)
ちなみに彼女が捕まった年齢も、35歳でした。